・・・声が聴こえる。 温かく、優しく、「神子・・・」と呼ぶ声。 大好きな人と同じ声。 私は、重い瞼をゆっくりと上げた。 「神子、そのようにうたた寝していては風邪をひく」 一瞬自分が何をしていたのか分からなくて、花梨はパチパチと瞬きをする。 ふと視線をずらすと、大好きな人の姿が目に入り、ふわりと微笑んだ。 「っくしゅん!」 花梨は大きくくしゃみをする。 「このような場所でうたた寝などしているからだ」 「・・・泰継さん」 花梨はゴシゴシと目を擦る。 少し上を見上げると、苦笑いしている泰継の顔があった。 そうか、火鉢にあたってたら気持ちよくて居眠りしちゃったんだ。 ボーっとしながら考えていたが、ふとあることに気がつく。 後ろからしっかりと回された手。 何故か逆さまに映る顔。 途端にカーッと体温が上がった。 「ゴ、ゴメンなさいぃっ!」 泰継に後ろから抱きかかえられるようにしている事に気がついて、花梨は慌てて起き上がろうとした。 しかし泰継の手が花梨を離さない。 「や、泰継さん?」 「何を謝っているのだ?」 泰継は更に花梨を引き寄せ、唇が触れそうなほど間近で覗き込んでくる。 花梨は慣れない感覚に鼓動が速まるのを感じながら、ふるふると頭を横に振った。 「な、何でもないです」 泰継は抱きしめるのが好きだ、と思う。 本人曰く、抱きしめずにはいられない・・・らしいのだが。 花梨は再び、ぽっと顔を赤らめた。 こうしている間にも、泰継は花梨を抱えなおし、まるで子猫を抱き包むかのように花梨を包み込む。 本当に子猫な気分で、ついまたウトウトとし始める花梨だったが、今日泰継の庵を訪れた目的を思い出し、もそもそと泰継の腕を割って這い出した。 泰継は不思議そうに首を傾げる。 少し不満げな表情をする泰継に、花梨は満面の笑みを向ける。 「泰継さん、行きたいところがあるんです」 泰継はますます訳が分からないように顔を曇らせた。 「何なのだ?唐突に・・・」 「唐突じゃないですよ。このために今日は来たんですから」 微かに落胆の色が泰明の顔を掠める。 「・・・私に逢う為ではなかったのだな・・・」 「何言ってるんですか!泰継さんと一緒じゃないと意味ないんです」 花梨は慌てて否定すると、ぎゅっと泰継の腕を抱きしめた。 「そう・・・か?」 泰継は無意識に花梨の髪を撫でながら呟いた。 北山には、透き通るように美しく清らかな水の泉がある。 花梨はそこに行きたかったのだ。 泰継と泉を前に、花梨は嬉しそうに微笑んだ。 「ここ、記念の場所なんです。・・・どうしてだと思います?」 花梨は泉から少し離れ、森の中へと歩いて行く。 時折雪に足を捕られ、そのたびに泰継に支えられながらも花梨は奥へと進んでいった。 「・・・ここは・・・・・・」 泰継は、ふとあることを思い出し、口を噤む。 花梨が京へと召喚され、初めて泰継と出会った場所だ。 あの時は、何故このような場所に花梨がいたのか不思議でたまらなかったものだ。 人に在らざる気を纏い、かといって清らかな気を放っている。 まさか龍神の神子だとは、正直信じられなかったが。 だが、思えばあの時から花梨とという少女に引かれていたのかもしれない。 龍神の神子か否かなどは、とってつけたような理由に過ぎなかったのかもしれない。 「ゴメンなさい。ホントは忙しいのに無理いって逢ってくれて。・・・でもね、役目を終えたら絶対に泰継さんとここにこようって思ってたの」 花梨は泰継と向き合って手をとる。 泰継は静かに花梨の言葉を聞いている。 「今までは龍神の神子として京のために生きてきたけど、ここから再出発しようと思って・・・」 「再・・・出発?」 花梨は泰継の手を握ったまま自分の口元に導いてゆく。 「これからは、一人の人として・・・、女として泰継さんのために生きていきたい」 頬がうっすらと赤くなる。 花梨は震える声で告げると、ちらりと泰継の顔を盗み見る。 泰継は優しく微笑んでいた。 ゆっくりと抱きしめられる。 「これが愛しいという感情なのだろう。・・・神子、私もお前と共にいたい」 泰継の静かな声が、花梨の中に染み渡った。 ふわり、と雪が舞う。 ふわり、ふわりと風に踊り、降り注ぐ。 花梨と泰継が離れると、突如雪は風と共に吹き抜けた。 「・・・泰継・・・さん?」 花梨は吹雪に視界を奪われ、必死で泰継にしがみついた。 泰継は強く抱きしめ、気を探る。 ただの吹雪にしてはおかしい。 二人を避けるようにして風が吹き、雪が空を舞う。 「・・・な・・・に?」 泰継の呆然とした声に、花梨は泰継の視界の先を追う。 吹雪が徐々におさまり、前方の視野が開けてきた。 花梨は朧に見える光景を、息を呑んで凝視した。 目の前に人が二人立っていた。 しかし、その二人の周りだけ景色が桜に埋もれている。 ぼんやりとした空間の中に、こことは違う場所が存在している。 そこには肩ほどで髪を切りそろえられた少女と、隣に泰継そっくりの人物が立っていた。 花梨は思わずその人物に目を奪われる。 髪は腰に届きそうなほど長く、艶やかな新緑のような髪。 そして何より、泰継と同じ顔に、身に纏う同じ雰囲気・・・。 その人物も僅かに目を見開いて困惑したような表情をしている。 「龍神の神子の気・・・?」 『龍神の神子の気・・・?』 泰継とその人物の声が重なった。 花梨はこの人だ、と感じた。 夢の中で「神子・・・」と呼ばれた声。 泰継と同じ声の人。 花梨は隣の少女と目が合うと、同時に笑みを浮かべた。 きっと花梨と同じように龍神の神子として京に召喚されたことがあるのだろう。 そして、その隣には地の玄武がいる。 花梨には分かった。 泰継とそっくりな人からは地の玄武と同じ気が感じられる。 そして二人を取り巻く幸せそうな温かな気が。 きっと二人は、今、幸せの中にいる。 まるで自分たちを見ているような錯覚を覚えた。 花梨はふと泰継を見上げる。 が、泰継は息を止めているのではないかと思うくらいに凝視して動かない。 花梨は小さく笑うと、泰継の袖を引っ張って名前を呼んだ。 「泰継さん・・・」 と、同時に 『泰明さん・・・』 と声が重なる。 花梨はきょとんとして少女をみると、鏡を見ているかのように同じ行動をしている少女と再び目が合い、同時に苦笑いした。 再び雪が舞う。 視界を覆い尽くすように、ハラハラと限りなく降り注ぐ。 強い風に煽られ、泰継と花梨が一瞬目を瞑ったその瞬間、あの二人の姿は忽然と消えていた。 雪に濡れたまま、泰継と花梨はじっと見つめる。 「・・・何か、不思議な出来事でしたね」 「・・・ああ」 泰継は二人が立っていた場所に視線を戻す。 夢ではないかと思うほどに、二人の形跡はない。 でも夢ではなく、確かに二人はそこにいた。 もしかすると、龍神のいたずらかもしれない・・・。 「泰継さん・・・、あの男の人、『泰明』って呼ばれてましたね」 花梨はポツリと呟いた。 泰継はそっと目を伏せる。 泰明・・・。 先代の地の玄武。 今までずっと心の奥底で捕らわれていた人物。 泰継は今まで感じたことのないような、温かくも切ない感覚に襲われて、細く息を吐いた。 花梨は二人が立っていた場所を見る。 泰明と呼ばれた人。 あの人が少女を呼んだ声が、時空を越えて耳に届いたのだろう。 花梨は幸せそうな二人の様子を思い出し、何だか自分ごとのように嬉しくなって笑みを浮かべた。 先代の地の玄武は、龍神の神子を守るために人になったと泰継に聞いた。 きっと、いくつもの苦難を乗り越え、素敵な恋をしたのだろう。 花梨が泰継に惹かれたように、泰継が花梨に惹かれたように。 花梨は泰明を見ると、ふと目を細めて口元に笑みを浮かべた。 微かながらも泰継の気が変質している。 花梨は泰継のように力があるわけではないが、泰継の事に関してなら殊更聡い部分がある。 慈愛に満ちた温かく優しい気が、泰継を覆っている。 また、さっきの二人に出会うことが出来るだろうか? 同じ気を分けた泰継と泰明が逢える日が来るだろうか? それすら可能なように、今なら思える。 遙かなる時空を越えて 想いは途切れることなく飛翔する 泰継が花梨を包み込むように背後から抱きしめる。 花梨はゆったりと身を寄せ、上を見上げた。 真っ白な雪が、名残惜しそうにふわりと舞った。 了 |
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サイトOPEN一周年記念フリー創作を戴いてきました。 戦いの後で戦いの後で京に残った花梨ちゃんと泰継さん。 同じ生まれ方をし、同じように地の玄武に選ばれたのに自分の方が劣っている、 と思っていた泰継さんが近くて遠い存在だった泰明さんの「今」の姿を知る事は、 力とは関係のない大切なものを、自分も泰明さんと同じように持っている事に 気づくきっかけになったのかな、と思いました。 この二人には、確かに何か不思議な繋がりがあるような気がします。 雪夜さま、素敵なお話をどうもありがとうございましたvv なお、このお話は「first Ver.」とリンクしていますので、 ぜひお楽しみ下さいね!! 「はるか 〜first Ver.〜」(泰明×あかね)はコチラからどうぞv→□ by.陸深 雪 |