――― 宵の皓絲 ―――
《その後編・参》





§




「 ――― 冴え凍る…と呼ばれた月の君も、とうとう月に魅入られたかな?」
「友雅殿?」

 ぽつり、と小さく呟いた友雅の一言を捉えた藤姫が、大きな瞳で彼を見上げる。
 不思議そうに小首を傾げる星の姫に、友雅は艶やかに笑ってみせた。

「いえ、ただ月読も今宵の月の美しさに惑わされたのではないか、と思っただけですよ」
「…?」

 友雅の言葉の意味を測りかねているのだろう、藤姫はきょとん、としたまま大きな瞳を瞬かせた。
 そんな幼い少女の反応に、彼はくすくすと笑うばかりでそれ以上は答えない。
 その成り行きを傍らで目にして、一人、友雅の意を察した鷹通がこめかみを押さえながら眉を顰めた。

「 ――― 友雅殿。お戯れも程々になさって下さい」
「おや、私はただ「今夜は月が美しい」と言っただけだよ」
「そのようには到底、聞こえませんでしたが」
「そうかい? だが美しいものに惹かれるのは人の常というものだろう?」
「たとえそうでも月夜にそぞろ歩く月読ばかりではありませんよ」
「…これはなかなか手厳しいね」

 穏やかながらも言外の意を秘めた容赦の無い切り返しに、しかし友雅は一向に気分を害した風も無く微笑する。
 何処か、ひどく楽しそうに。

「けれどそれが心から想いを寄せる「月」だとしても、君はそう言うのかい、鷹通?」
「 ―――…」

 笑みを含んだ蒼の瞳で見据えつつ、試すかのようにそう言った友雅に、鷹通は一瞬反論しかけ…微妙に複雑な貌をして口を閉ざした。




(あの泰明殿に限ってそんな事は…いや、しかし…)






 ――― 時は夜。
 しかも愛しい少女と二人きり。


 ………………。






 深刻な表情でぐるぐると悩み出してしまったらしい生真面目な片割れに、とどめとばかりに友雅があらぬ方を見つつ一言、呟いた。






「泰明殿もれっきとした男だからね」






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 ――――― 翌朝。

 泰明に伴われて土御門邸に戻った神子は、訪れていた友雅になにやら一言言われた途端真っ赤に頬を染め、平然としている泰明の手を取ったまま、脱兎の如く駆け去ったという…。








【 -了-. 】






2004.12.18(SAT)転載.

< Written by Yuki Kugami. 2004 -. / Site 【 月晶華 】 >





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