約束
“私たちの希望と夢の全てを賭けて、約束をしましょう”
戦いは終わった。
龍神が去り、後に残るのはただ、終わり。
「永泉さん、こっち!!」
あかねが笑いながら手招きをした。
それを微笑んで永泉がやや歩調を速めてあかねに追いつく。
着いた場所は音羽の滝だった。
鬼による呪詛が取り除かれた今、その滝はもとのようにこんこんと、枯れることなく澄み切った空気を醸し出していた。
「終わっちゃったわ」
くすり、とあかねが微笑んだ。
「ええ、全て貴女のおかげですよ、神子。本当によくここまで。ありがとうございます」
「ふふ、やだ、永泉さんたら。どうしたの?かしこまって」
「いいえ・・・・・・・ただ、あとどれくらい貴女とこうしていられるか、と」
「私が帰ってしまうまで?」
「そうですね」
あかねは笑顔を消して永泉と対峙した。
「永泉さん、私ね、本当は自分に自信が持てないの。帰りたいけど、でも帰りたくない。
だってそうしたらきっと二度と永泉さんや皆に会えないから」
「神子」
「帰ります。そう決めていたから。そのために頑張ってきたから。
でもそうしたら、そうしたら二度と貴方に会えない・・・・・・・!!」
堪えきれなくなったかのようにあかねが永泉に抱きついた。
首に腕を回し、きつくきつく抱きしめる。
小さな嗚咽と共に肩口に暖かい雫が広がる。
「泣かないで」
あやすように背中を撫でると、あかねは今度こそ泣き出した。
もう彼女は決めたのだ。
帰ると。
もといた場所に帰ると。
そして、その中に自分はいないのだ。
「・・・・・戦いが終わったあと、貴女に言うかどうか迷いました。
『帰らないで、どうか私と共にいてください』と。けれど言い出せなかった。
それは私と貴女の、どちらをも殺すことになるからです」
肩にかかる重み。
それは愛しい少女のもの。
この重みを抱いたまま、生きていくことが出来たなら。
「私は常に貴女に残って貰ったという気持ちを抱くでしょう。
そして貴女はこの世界で、いつか必ず狂おしいほど帰りたいと、そう願う時が来るでしょう。
いつか・・・・・・いつか、遅かれ早かれその時はやってきます。そうなれば、きっと私達は壊れてしまう」
「はい・・・・・・・」
「貴女が愛しい。真実です。
いつも、いつまでも貴女と共にありたい。けれどそれは私達のためにはならないのです」
あかねと共にいられる以上の喜びなど、この世には無い。
けれど、その存在に甘えてしまった時、必ず破綻は訪れる。
「私は私のあるべき場所に。貴女は貴女のあるべき場所に。
―――――いつか、お互いが出会うこともあるでしょう」
その言葉にあかねが笑った。涙は止まっている。
「私達、また会えるかしら」
「必ず」
短い返答。まるで自分の対である陰陽師のような。
それに気付いたのかあかねが軽く笑った。
ああ、華やかな、大輪の花のようだ。
ひとしきり笑うと、あかねは悪戯っぽく永泉に囁いた。
「ねえ、永泉さん。賭けをしましょう」
「賭け、ですか?」
「そう、賭け。私たちの希望と夢の全てを賭けて、約束をしましょう」
「・・・・・何を?」
「―――また会えると。必ず出会うと。
いつかどこかで、また会うって、約束をしましょう」
「約束ではなく、それでは願い事のようですね」
永泉がおかしそうに笑うと、あかねは膨れた。
幼い表情。
いつもは必死で大人びた、頼れる神子を演じているのに。
辛いことも悲しいことも、いつもいつもその瞳の奥に隠して必死で微笑んでいた。
いつからだったのだろう。
彼女の奥にある苦しみに気付いたのは。
どうしてだったのだろう。
その瞳の奥に隠された表情を見たいと思ったのは。
こんなにも、こんなにも愛しいのに。
どうして天は私達を離すのだろう。
何故私達を同じ世界の住人にしてくれなかったのだろう。
永泉の手をとってあかねは続けた。どんなに明るく振舞っても、その声が涙を押さえようとして掠れている。
「いいの。また会えるって約束よ」
「どんなに離れていても?」
「ええ」
「どんなに姿が変わっていても?」
「そう」
永泉が一歩あかねに近づく。
「――――例え貴女だとわからなくても?」
「心で感じて。私を見つけて。・・・・・・待っているから」
「見つけます、必ず。
・・・・・貴女を再びこの腕に迎えるその日まで、私は探し続けましょう」
貴女を
貴女だけを
貴女がいなければもう私の世界は死んでしまったのと同じだから
ですから、と永泉は続けた。あかねに肩に手をおき、覗き込むように見て、囁く。
「待っていてください。いつか、必ず迎えに参りますから・・・・・・」
確かな誓いにあかねが頷いた。湧き上がる涙を必死に堪えようとしているためか、表情が硬い。
それを見せまいとしてか、あかねはくるりと後ろを向いた。
そしてそのまま独り言のように話し出す。
「・・・・・ね、永泉さん。私、この世界にきてよかった。こうして過ごすことが出来て本当に良かった。龍神の神子になってよかった。色々あったわ。楽しいことばかりじゃなくて、同じくらい嫌なこともたくさん。
すごく色々考えたの。鬼ってどうして鬼なんだろうとか、もとの世界にいたら絶対に考えないようなこととか。
―――――人って思議ね。”お互い”がいなければ、憎しみあうことも悲しむことも、裏切られることも無いのに、”お互い”がなければ生きていくことが出来ないんだもの」
「・・・・・・・・あかね」
永泉は後ろを向いたままのあかねを背中から包み込むように抱きしめた。
華奢な肩に顎をのせて、その腕は離すまいというように、きつく、きつく。
その腕に触れて、あかねが更に続ける。
「この世界ではみんなが話すの。人だけじゃなくて、鳥も木も、建物も、道端に咲いている小さな花も、皆生きてるって叫んでる。きらきら光って、とても綺麗だった。
あのね、この世界に来て、初めて私生きてるって思ったの。上には太陽、下には大地。間に雲があって、色とりどりの生き物が住んでる。その中に私がいる。当たり前だけど、今まで知らなかった。知ろうとも思わなかったから」
「ええ」
「人の心は海みたいだなって思ったの。広くて遠くて自分だけじゃ把握できないから。――――自分のものなのにね。
これもこの世界で初めて知った。私の中にも、確かに暗くて黒いものがあること。綺麗なものだけじゃないってこと。この世界の事は初めてづくしだったわ。
・・・・・・私、今まで何も知らなかったのね」
「そんなことはありませんよ」
「そう?」
「ええ、私は貴女に多すぎるくらい教えていただきましたから」
その言葉にあかねは小さく笑った。
「私も、永泉さんにたくさん教えてもらった。人を好きになること。その人のことを考えて夜も眠れなかったり、嬉しかったり、楽しかったり、悲しかったり、泣いてしまったり。――――初めて人を好きになったの。知らなかった、こんな気持ちがあること。こんなに人を好きになること。
――――――この世界に来れてよかった。貴方に会えてよかった。本当に、そう思ったの。
ありがとう、永泉さん。貴方に会えて、本当によかった」
抱きしめた手はそのままに、あかねが永泉を振り返る。
「貴方に会えてよかった」
「・・・・・・・・私もですよ」
「また・・・・・いつか、また。きっと、きっとまた会えるように。私も探すわ。永泉さん以外なんて、好きにならない。
この約束以外、いらない。ずっとずっと貴方を探して、待っています」
「いつか、貴女を捜し出したら。その時は嫌だといっても聞きませんよ?」
「構わない。その時は、返事なんて聞かないで」
「仰せのままに」
二人、顔を見合わせて笑う。
寂しさと切なさと、ほんの少しの未来への期待をにじませて。
愛しい人
貴女だけ
貴方だけ
あなたしか要らないから
「約束をしましょう」
また会えると
必ずどこかであなたに会えると
「いつか必ずあなたに出会うと」
そう信じて
「「私達の、夢と希望の全てを賭けて」」
そして、夢の終わり。
永泉は双ヶ丘に来ていた。
広がる草原。
どこまでも続く蒼い空。
色とりどりの美しい花々。
けれどまだ、完全ではない。
それはまだこの腕にかかる重みがないから。
愛しいまでの、この腕に咲く花がまだないから。
「―――あかね」
愛しい少女の真名。
ああ、
どうか答えて
振り返って、あの笑顔で笑って
永泉は手のひらを見つめた。その手に残る宝珠。彼女が夢ではなかったという何よりの証だ。
それをひとしきり見つめると、永泉は振り仰ぐように上を見て、瞳を閉じて静かに呟いた。
「――――――――会いに行きます」
祈るように、誓うように、もう一度。
「会いに行きます」
貴女との約束を果たすために。
そう言うと、永泉は見惚れるほど晴れやかに微笑んだ。
軽く握った手には、まだ少女の温もりが残っている。
幸せな夢の跡
自分はこれからそれを追うのだ。
自分の手に、再び天女を迎えるために。
―――信じます、あかね
また会えると
必ず出会うと
どんなに姿が変わっていても
例え貴女だとわからなくても
きっと見つけられる
きっとわかる
貴女と私の
望む道が一つでありつづける限り
“私達の夢と希望の全てを賭けて、約束をしましょう”
また会えると
必ず会えると
いつか必ずあなたに出会うと
終わり。
すみません・・・・・・・・・!!!!!
どうしてこうなったのかオールポエムに・・・・・・!!
わかりづらかったら申し訳ありません。
全ては私の言葉不足です・・・・・・・。
4444ヒット、ありがとうございました!・HOME![]()