××× 黎明 ××× § 十六夜の月が西に傾き始めた頃、龍神の神子の住まいである東の対に、地の玄武である安倍泰明の姿があった。陰陽寮の帰り道、丑寅の方角から吹き寄せてくる風に、気の乱れを感じ、迷うことなく、土御門にあるこの屋敷に向かい結界を張り直す。泰明は、人知れず庭から入り込み神子の様子を伺うことになんら戸惑いを感じたりはしない。八葉は神子の道具だと言い切る泰明ならではの行動ではあるが、ほかの八葉たちの想いや、困惑は、また別の所にある・・・。 「何をしているのだ。」 ぼんやりと端近で夜明けを眺めていた天真の頭上から、抑揚のない声が降ってきた。 「やっ、泰明! とつ、突然声を掛けるんじゃねぇ!」 「相変わらず騒々しい、八葉ならば、いい加減、相手の気を読むことを覚えろ。」 そんな器用なことが出来るか!天真の心の声をよそに、泰明が僅かに柳眉を顰め、天真を見下ろす。中性的な容姿と、いっそ立派なほどの無表情、思い切り端的な物言いの所為で、宮中では『月読の君』とか『冴え渡る月の光の君』など月に例えられる事が多いと聞くが、天真には、泰明が黎明を体現しているように感じられる。闇の中からの一筋の光、あの無表情な顔がフッと緩み薄い微笑を刷くときなどむしろ夜明けの曙光に近いと天真は思っている。しかし、一体誰がこいつのことを感情が無いなんて言ったんだ?眉一つ動かすだけで、これほど露骨に『呆れています』と伝えられる奴を、俺は知らないぞ!怨霊との戦いで嫌と言うほど身に染みている天真である。 「ところで天真これはどのように使用するのだ。」 思考の海に浸っていた天真の目の前に小さな布切れが差し出される。 「なっ・そっ・それ・・・・・・・!!!」 顔を赤くして、言葉を失っている天真の前で親切にもそ布を広げて見せる。 「神子の物だという事は判るのだか、どのようにして用いるのだ?面妖な形をしている・・・何かの折に見かけたような気もするのだか・・・・・。」 「見かけたって、泰明、一体いつ・・・っうか、お前何処から来たんだ!」 ふと思いついた疑問を口にする。確かこの先には、あかねの部屋しかなかったはずだが・・・・。 「何を判りきった事を。神子の元からに決まっているであろう。」 天真の心中を全く斟酌せずに平然と言い切る泰明である。 「まさか一晩中、あかねの部屋に居たのか?」 信じられない思いで、それでも律儀に確認してみる天真に、留めの一撃が加えられる。 「それが何か?」 あっさりと肯定としか取れない返事を返されて、全身から血の引く想いの天真。しかし相手は泰明である。此処はもう一歩踏み込んだ疑問を口にしたほうがいいと考える天真だった。つらつらと考えてみるに、いつも絶対的な認識の相違でこいつには振り回されている。遠まわしの言い方は絶対にダメだ。単刀直入に質問しなければとんでもない誤解で墓穴を掘ることになる(自分の質問の仕方にも些か問題があるとは、露ほどにも考えていない)。今まで散々墓穴を掘らされてきて導き出された結論である。 「あかねと一晩中何をしていたんだ?」 これ以上は無いと言うほど率直(くどいようだか、あくまで天真の認識の範囲でである)な疑問を投げかけてみる。 「夜中に神子と二人でする事など決まっているであろう。そんな事より天真これは、どのように用いるのだ。」 平然と言い退けて、先ほどの布をぐいっと突き出す。 信じられない、まさか泰明に限って・・・これが友雅なら納得もするのだが・・・・いや納得はしない。例え友雅でも納得はしない・・・絶対しない・・・したくない・・・あかねは誰にも渡したくない!・・・・だが・・・誤解の余地のない返事(すでに、天真はそう結論付けてしまっている)と、たった今目の前に突き出されているこれ、実際にあかねの部屋からの帰りらしいこいつ、1+1を3にも4にも飛躍させ、完全に自分の世界に閉じこもってしまった天真である。 「お前が答えないのであれば、直接神子に聞いてくる。」 泰明は、簡潔に言い渡すと踵を返して、今出て来た部屋へと向かって行った。妖の風が吹いたので、一晩中結界を強化していたのがそれほど驚くことなのだろうか?恐らくこれも昨夜の強風に飛ばされたものだろう。手の中の布切れを見つめて先ほどの天真の慌てぶりを思い出す。・・・・たかが布切れ一つで、何故これほど気を乱さねばならない・・・・・本当に人の心は判らない・・・・。 泰明が去った後には、自分の掘った墓穴に埋まり、真っ青になって固まった天真が独り残されていた。 頑張れ天真、双ヶ丘の恋愛イベントまであと8日。 あかねの火之御子社行きを阻止できれば、君にもチャンスは訪れる。 まだ誰の元にも黎明は訪れていないのだから。 おまけ 「神子、これは一体どのように使用するのだ」 唐突にあかねの目の前に小さな布が突き出された。 「や、泰明さん、こ、これ、ど、ど、どこに・・・・・・」 魚のように口をパクパクするあかねに、泰明が心配そうに近づいてくる。 「神子、気が乱れているようだか?」 そっと頭上に手を翳し、呪いを唱える。 神子といい、天真といい、何故これほど気を乱すのだ?たかが小さな布切れ一つに・・・・ 確かに何処かで見た覚えがあるのだが・・・・あかねのパニックを横目に自身の記憶を辿ってみる。そして、泰明はハタとあることに気付いた。 「そうか、これは神子のすかあととか云う物の裾から、時々覗く物だな。」 淡々と言い切り、妙に納得している泰明である。 「しかし何故これ程までに神子が気を乱すのかが判らない。」 そう言い残して、自ら疑問を解消した泰明は、スタスタと歩き去っていく。 泰明のあまりといえばあまりの呟きに、朱雀の呪詛を後回しにしてでも心の欠片をあつめ、『人の心の機微』と言う物を理解してもらおうと決意するあかねであった。 泰明失踪まであと5日。 数々の人生の明暗を背負って、火之御子社は黎明の中にひっそりと佇んでいる。 【 …end. 】 < Written by Yuika. 2003. > |
結花さまよりご厚意で戴いた創作です。 実はこのぱ○○ネタ、元は某お茶会にて盛り上がった話題だったりするんですけど…(^-^;) (←どんな話してるんだ(汗)) 曰く、「八葉が神子のぱ○○を偶然発見してしまったらどうするか(爆)」 そしてその泰明Ver.を結花さんがお話にして下さったのですv もう〜、無意識に誤解を大量発生させてる泰明さんの見事なぼけっぷりが、 何とも彼らしくて素敵ですっ!!(笑) それも「夜中に神子と二人でする事など決まっている」なんて…!!(爆笑) 今度は違う意味でその言葉、使って下さいね、泰明さんv///(←こら!) しかし、さり気なくあかねちゃんの「すかあと」の中までチェックしてるとは、 泰明さんてば侮り難し…。 やはり色々と気になるお年頃なんでしょうか(笑) そんな泰明さんが、この先、どんな風に心に目覚めてゆくのかが、 非常に気になるところです〜〜〜!!(>_<) そしてそんな泰明さんの天然ぼけに散々振り回された挙げ句、 一人自己完結して誤解のどつぼにハマり、首まで埋もれてる天真君がまた…(苦) 背中にでかでかと「負け決定」の四文字を背負って、 ず〜んと哀愁を漂わせている様子を想像したのって、…私だけ?(^-^;) 結花さん、素敵なお話をありがとうございましたvv そして飾らせて戴くのが大変遅くなりまして、申し訳ありませんっ…(>_<) by.陸深 雪 |