蛍〜ホタル〜








消えない夢
醒めない幸せ
儚い夢幻(ゆめ)の残り香と
優しい夢幻(ゆめ)の残り火は
貴方へ続く道標



途切れそうな未来を手繰り寄せて
その手にしっかり巻きつけて
どうか永遠に離さないで
暖かな貴方の腕の中で
お願いよ
どうか終わらない夢を見せて




どこかで流れる河の水音が耳に心地よい。
ほう、ほう、という鳥の囁きに耳を澄ませば闇に紛れた秘密がわかる。
ちろちろと眼前を横切る虫はまるで自分に挨拶をしているよう。
あかねは満月の灯火の下、泰明と共に自宅のちかくにある野原に赴いていた。
もともとこの世界の住人ではないあかねには、この世界の何もかもが珍しいらしい。泰明にしてみればなんということのないものがひどく新鮮に映る。
そしてこの闇も、あかねにとっては物慣れないものの一つらしかった。

「泰明さん、知りませんでした、私!!夜って本当に真っ暗なんですね!」

当たり前のことを今わかった、というように話すあかねは本当に驚いた、というような顔をしていて、知らず顔が綻ぶ。
そのあかねは大きく深呼吸すると、両手を一杯に広げて、くるり、と振り返った。

「夜ってみんな朝や昼とは違って見えますね。昼の間はお日様があるから緑色が映えてとっても綺麗だけど、夜も月明かりに照らされているのを見ると、すごく綺麗」

そう言ったあかねのすぐ前を、何か光るものが横切った。

「?」

なんでしょう、というように振り返るあかねに泰明は短く答える。

「蛍だ」

「蛍?わあ!」

途端にぱっと顔を明るくさせたあかねに泰明は問い掛けた。

「あかねは蛍が好きなのか」

「大好き!私の世界ではあんまり見えないの。だから見れて嬉しい」

「そうか」

それから暫くはあかねの好きなようにさせていた。
何しろ、役目は終わったとはいえ龍神の神子だ。
藤姫はもちろん、その霊力の恩恵に授かりたい藤原一門があかねの外出に良い顔をしないため、外に出る時にはこうして夜になることが多い。
それを思うと、こうして二人で外に出ることが出来るのは嬉しいが、泰明は少し複雑な気持ちになる。

――――誰よりも日の光が似合う娘なのに

と。
仕方の無い事だ、とも思う。
この時代、藤原一門の力は絶大だ。
当初、左大臣が龍神の神子であるあかねの入内を画策していた事も泰明は知っている。
そして、何とかあかねの願いを叶えたい藤姫が、「龍神の神子様のご意向を蔑ろにすると神罰が下りますわよ」と、星の一族である事を最大限に強調した物言いをして父大臣を脅しつけたり、そのことを伝え聞いた御室の皇子永泉が「主上は龍神の神子の幸せを一番に、とのことでございました」などとなれない嘘を言って、自分を陰に陽に手助けしてくれたことも。
それを考えると自分がこうしてあかねと一緒にいられること事体が奇跡に近い話なのだ。
だからといってこの状況に満足してもいられない、と泰明は思う。
今はこの世界で必要な知識を左大臣邸で身につける、という名目のもの、あかねは藤姫の下に止まっているが、早い段階で行動を起こさないと後々面倒な事になるのは目に見えている。
そこまで考えて、泰明はあかねを見た。

草むらに遊ぶ少女
誰よりも白く、穢れる事を知らない
微笑むだけで、自分の内を光で満たしてくれる人

「あかね」

あかねの隣りに立った泰明は、唐突に軽く握った拳をあかねに差し出した。
きょとん、と差し出された右手を見つめると、次いで不思議そうに泰明を見上げる。
それを見た泰明は、何も言わずにゆっくりと、あかねにだけ見せる優しい微笑を浮かべると、その手を広げた。

「わ・・・・・・・!!」

それを見たあかねが歓声をあげる。
中から出てきたのは、どうやって捕まえたのか、二匹の蛍だった。
泰明の手から離れると、ふわふわと頼りなさげな光を放ちながら宙を絡み合うように並んで飛ぶ姿を、あかねは物珍しげに好奇心一杯の目を輝かせて見つめる。
さらに泰明が一言二言口の中で何か唱えると、それまで草むらに隠れていたのだろう蛍が、いっせいに舞い上がり、周囲を光で埋め尽くした。
この世のものとも覆えないような余りにも清浄な光の乱舞に目を奪われたかのように一心に見つめるあかねを見て、泰明はおかしそうに、くすり、と笑みをこぼした。
その声で我に帰ったあかねが、はしゃいだ声で泰明の袖を掴んで笑う。

「泰明さん、すごい!蛍が、こんなにたくさん・・・・・綺麗・・・・・!!」

「虫の営み火でもか」

うっかりと、常々不思議に思っていたというように―実際何故かといつも思っていたのだろうが―あかねに問うた泰明に、ぷは、とあかねは息を吐くように笑い、泰明の手をとって蛍の群れの中心に立った。

「理屈なんてどうでもいいの。だって、ほら」

握っていない穂の手を軽やかに前方に差し出すと、翻る衣の袖。
まとわりつくように飛ぶ蛍燈。
その灯火に、あかねの姿が鮮やかに浮かび上がる。

「ね、まるで夢みたいに綺麗・・・・・・・」

――――――綺麗なのはお前の方だ

そう思ったけれど口には出さず、泰明はあかねにつられるように自由な方の手を差し出した。
差し伸べた手に、光。
小さな、暖かな、優しい灯火。
自分の胸に灯るほのかな明かりのように、しっとりとその手を染める純白の光。
まるで隣りに立つ少女のように、清浄そのものの、自分を照らす月白の輝き。
胸の奥に何かが沸き起こる感触。
泉のように湧きあがり、梢のように育っていく。

説明できない、言いようのない感情が、自分に芽生えるのを感じる。

一つ、また一つ。
いつもあかねが泰明の心に灯を燈す。自分でも気付かない感情の灯火を消えぬように両手で覆い、大切に包んでくれる。
この世にただ一人の大事な少女。
ただ一つの至高の宝。
宙を二匹並んで飛ぶ蛍のように、睦みあう胡蝶のように、いつまでもともに寄り添い、手を取り合って生きていくことが出来たならば、どんないいいか。
手を取り合い、互いの瞳に互いを映して、笑みをかわす事の出来るこの喜び。
少女の紡ぐ言葉も、絡まる視線も、その吐息ですら、何ものにも変えがたいほど大切で。

まるで夢のような世界
綺麗で、ともすれば霧のように消えてしまう朝露のよう
夢のような幸せ
蜻蛉のような今
儚く消えてしまうのではないかと不安に思うのは
現世(ひる)を忘れて夢幻(よる)にいるような気持ちになるのは
それだけあかねという存在が自分の中を埋めていると言う何よりの証拠だ

綺麗なあかね
優しいあかね
大切な、この世でたった一人の愛しい人

こんな気持ちになるのは今も、これからも、きっとあかねだけだ。

一人でも淋しくなかったのは、あかねといられる幸せを知らなかったから。
今、独りをこんなに切なく思うのは、あかねを失う怖さを知ったからだ。

宙に浮いていた手にあかねの手が重なり、指と指が絡み合う。

―――まるで互いの望みを映し出したように

強くしっかりと握られた手に、あかねが照れて微笑んだ。
泰明もそれに微笑むと、握られたままの手をそっと口元に持っていき、優しく口付けた。

「や、泰明さん!?」

暗闇で―といっても光のせいで随分明るいが―見えないが、きっと今あかねは雪白の頬を朱に染めているだろう。
そして、照れて、起こったような顔で、頬を膨らませて言うのだ。

―――もう!!いきなりは恥ずかしいの!!

と。

「もう!!いきなりは恥ずかしいの!!」

予想通りの声をあげたあかねに、今度こそ泰明は破願した。
そのめったに見れない満開の笑顔に機嫌を直したあかねが、仕返しとばかりに泰明に抱きつく。
それをしっかりと抱きとめて、心のなかで泰明は独り呟いた。






消えない夢、醒めない幸せ
それはきっと、夢であって、夢ではない



―――それは、この現世(うつしよ)であかねが見せる、二人だけの終わらない夢






おわり。
4000ヒット有り難う御座いました!!
甘いでしょうか(汗)幸せそうにしてるでしょうか(汗)
お気に召していただけると嬉しいです♪
 
 
 
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