Happy Valentine





§




 うっうっうっ…。
 あとちょっと。
 あとちょっとでできあがる…!
 一つずつ棒からはずれていく編み目に、私はもう感無量状態。
 5…4…3…2…1…――。
「きゃ〜〜〜〜。できたぁあ〜〜〜!」
 からし色のマフラーに、ぐりぐりと頬ずりをする。
 すごい!あかね、天才!!
 あ〜〜ん、もう、大変だったよーーー!
 やっと編みあがったこの子は実は三代目。
 最初のコは、どういうわけか編み目が増えたり減ったりして、ガタガタだった。
 二代目のコは、きつく編んだりゆるく編んだりしているところがあって、ナミナミだった。
 やっと一定のピッチで編めるようになった頃には、カレンダーは既に二月。
『神子、最近元気がないようだが、どうかしたのか?』
 泰明さんにそう聞かれるくらい、睡眠時間を削って毛糸と格闘してきたこのニ週間…!
「泰明さん、喜んでくれるかなあ……」
 きっと、喜んでくれるよね。
 カタン。
 ポストに新聞が落ちる音がした。
 時計を見ると、もう五時。
「―――ラッピング…」
 私は机の上に置かれた包装紙を見て、残された仕事に肩を落とした。


「ふ。あああぁぁ」
 よく寝た……。
 大きく伸びをした私の頭が、コツンとノートでたたかれる。
「ばーか、あかね、お前マジ寝してたろ」
 伸びをしたまま目をあけると…。
「天真くん」
「先生が『よく寝てますねえ…』つって、クラス中大爆笑だったんだぜ」
「えっ、うそ、ホント?」
 さすがに青くなりながら、天真くんのノートを受け取る。
「嘘ついてどーすんだよ。――で、どうしたんだ?できたのか?」
「う……ううっ」
 私が目をうるませると、天真くんがギクッとして身を引いた。
「よくぞ聞いてくれました!できた!できたの〜〜〜〜!カンペキよ!!」
 言いながらリボンのついた箱を紙袋から出すと、天真くんはガクッとうなだれた。
「ま、まぎらわしいんだよ、お前は……」
「ん?なにが?」
「あー……いい。ま、よかったな。頑張ってたもんな」
 笑って額をツンとつつかれ、私の顔にも微笑(えみ)が広がる。
「で?俺のは?」
「え?」
「チョコ」
「…え?」
「……え?」
 わらいが…。二人の顔の上で凍りついた。
「――あっ、あかね〜〜!おまえ、そりゃねーだろ!?」
 頭を抱えられて、…うぎゃー!グリグリしないでぇ〜〜〜。
「ごっ、ごめん!途中までは覚えてたんだけど……」
 義理チョコのことまで、最後の方は気がまわらなかったんだよ〜〜。
「没収!」
「ああっ、ノート様!天真様〜〜!!」
 ゆるしてえぇ〜〜……。


 はあ。
 天真くん、あの後も機嫌悪かったなあ…。
 とほほ……。
「どうした?神子」
「あ、ごめんなさい」
 私が顔を上げると、そこには泰明さんの心配そうな瞳。
 美しい、琥珀の瞳。
 この瞳に合うと思って選んだ毛糸の色。
 ――うん。きっと似合う。
 「なんでもないの」と笑うと、泰明さんは「そうか」と言って、ちょうど青に変わった信号の方を向いた。
 何気なく、私の手をとって歩きはじめる。
 私はじんわりと染みてくる幸せに、目を細めてマフラーに顎(あご)をうずめた。
 まっすぐに前を見ている泰明さんの、すうっと通った鼻筋。綺麗な顎の線。タートルへとつづく長い首。
 きれい、だな……。
 その首筋にふと目をとめ、そう言えば泰明さんがマフラーをした姿を見たことがないことに気がついた。
 幸せな気分が急に不安に変わる。
「泰明……さん」
「なんだ?」
 北山通りの雑踏の中で足を止めた私を、彼が不審そうに振り返る。
 あわてて足を動かしながら、できるだけさり気なく聞いた。
「寒くないですか?首がでてるけど……」
「あたりまえだ。私の首はしまえない」
「そ、そうじゃなくって、ほら、こういう…」
 私が首にまいているバーバリーを持ち上げると、泰明さんは「ああ」と言った。
「マフラー、と言うのだろう?…私には不要だ。京はもっと寒かった。コートを着ているだけで十分だ」
「………」
「あかね、どうした!?」
 冗談ではなく眩暈(めまい)がして、私はヨロリと揺らめいた。
 泰明さんが、はっしと私の腕をつかまえて支える。
 努力してきたこの二ヶ月間が走馬灯のように脳裏をよぎり、もう、笑い出したいような、馬鹿馬鹿しいような…。
「気分が悪いようだな。どこか店に入ろう」
 そうして手近にあったカフェに腰を落ち着けたけれど、当然私の心は沈んだまま。
 ああ、もう帰りたい…。
「大丈夫か。神子」
 眉を曇らせて私の顔をのぞきこむ泰明さん。
 ――ばか。あかね。
 今日は泰明さんに気持ちを伝える日であって、心配させる日じゃない。
 気を取り直すと、私は紙袋からチョコレートだけを出して彼に渡した。
「既製品で悪いんですけど…」
 何しろマフラーにかかりっきりで、チョコにまで手が回らなかったのだ。
「既製品?それのどこが悪いのだ?」
 泰明さんは、チョコを受け取りながら、首をかしげた。
 バレンタインの意味はこの間教えておいたけれど、本命チョコは手作り!なんていうお約束までは教えていなかった。
「な、なんでもないんです。気にしないで下さい」
「そうか」
 言って、泰明さんは嬉しそうに包みを開ける。
 彼は結構甘いものもいけるクチなのだ。
「おいしそうだ。神子、ありがとう」
 花が開くように彼は笑ったけれど、そんなものしかあげられなかった自分に、私は泣き出したいような気持ちになった。
 それでも、これ以上心配をかけないように。
 私は、何とか笑顔を返した――。


 ぱたん。
 泰明さんに家の前まで送ってもらって、自分の部屋のドアを閉めた途端。どっと涙がこぼれ落ちてきた。
 電気をつける勇気がない。
 まだ散乱している、毛糸や道具類を直視できない。
 必死で隠していた紙袋が急に重たく感じられて、ドアによりかかったまま、ズルズルと下に落ちる。
 私のバカ……。
 どうしてもっと早く気がつかないのよ…。
 暗闇の中で膝を抱えて、どれくらいそうしていたろうか。
 いい加減寒くなって、とにかくいつまでもこうしていてもしょうがないと明かりをつけた瞬間、携帯電話が鳴った。
 見ると、泰明さんから。
「泰明さん?どうしたんですか?」
「……忘れ物をしてしまったらしい。神子の持っていた紙袋の中に入っていると思うのだが。すまぬが、持ってきてくれるか?」
 シャッとカーテンを開けると、門の前に泰明さんが立ってこっちを見上げている。
 紙袋って…。あの中には……。
 ゴクリと唾をのみこんで、とにかくそれをつかんでそっと表に出る。
「泰明さん」
 コートの襟をかきあわせて白い息を吐く泰明さんは、とっても寒そうに見えた。
 思わず、彼の頬に手をのばすと、びっくりするくらい冷たい。
「やすあ…」
 その手をつかまれて、思わず黙ってしまった。
「お前の部屋の電気がつくまで待っていたら、すっかり冷えてしまった。…こんな時は、やはりマフラーが欲しくなるな」
 目を見開く私に、泰明さんはフッと笑う。
「その中に、入っているのだろう?」
 どどど、どうしてそれを……!
 顔を真っ赤にして口をパクパクしていると、泰明さんは私の手から紙袋を取り、箱を出してリボンをほどきながら説明してくれた。
「あかねの様子が変だったので、学校で何かあったのかと天真に電話をしたのだ。それで、マフラーのことを聞いた。――これか。いい色だな」
 そっか、天真くんが…。
「やっ、でも、あのっ、いいんです。気を使わないで下さい。私ったら確かめもせず勝手に編んじゃって。ごめんなさい、こんな風に無理させて……」
 何だか恥ずかしくなって、泰明さんの手からマフラーを取り上げようとすると、彼がその手をやんわりとおしとどめた。
「かけてくれるか?」
「――…」
 なんて言うんだろう。
 あまりにも、その目に愛情があふれていて。
 口もとが嬉しそうで。
 私は、言葉をのみこんだ。
 そのまま、ただ彼の吐く息の白さを見つめていると、泰明さんがうながすように腰をかがめた。私は、少しためらいながらも背伸びをしてそれをかける。
 泰明さんは背筋を伸ばすと端を後ろにやり…。
 ――似合う。
 私の予想通り、からし色のマフラーは琥珀の瞳と黒いコートによく映えた。
 彼は、ゆっくりとまばたきをしてマフラーを口もとまで引き上げる。
「なるほど、マフラーとは暖かいものだな」
「…でっ…でも、さっきは必要ないって……」
 てれくさくって、ついうつむきながらそんな憎まれ口をきいてしまう。
「知らなかったのだ。マフラーがこれほど暖かいものだということを。――なければないで過ごせないことはないが、このぬくもりを知ってしまうと手放せなくなりそうだ。……まるで、神子のようだな」
「……!」
 真っ赤になって絶句している私を、泰明さんは抱き寄せた。
「ありがとう、神子。お前の気持ちがこもっているから、このように暖かいのだな。世界中で、一番の贈り物だ――」
「泰明さん…」
 雪でも降りそうな寒空の下。
 二人の吐息が、近くなった。
 だから私は瞳を閉じる。
 世界中で、一番のお礼を受けとるために――。


 その後。
 本当に嬉しそうに、いつもいつもマフラーをしてくれる泰明さんを見て。
 私は、恥ずかしいような、こそばゆいような、身をよじるような幸せを感じずにはいられなかった。
 彼の笑顔は、私を最高に幸せにしてくれる。
 これじゃ、どっちが贈り物をもらったのかわからないね。
 あなたの笑顔が。
 私にとって最高の。
 そんなHappy Valentine――。






FIN.
< Written by Yuno. 2003./【 天の茜龍 地の玄武 】>






【 天の茜龍 地の玄武 】結乃さまが配布していらした、バレンタイン創作ですv


泰明さんにバレンタインのプレゼントをしようと
一生懸命マフラーを編むあかねちゃんが、
本当に健気で可愛いですよねvv

それなのに全く悪気無く、そんな乙女心の地雷を踏んじゃう泰明さん…。


「私の首はしまえない」


…って、あああ、そんな天然なぼけをされちゃうと、
あかねちゃんはショックでしょうけど、あまりにも「らしく」て怒れない〜〜!!(笑)

でも、後半では、あかねちゃんの様子に気がついて
すぐに逢いに来てくれる泰明さんにじーんとしてしまいましたvv
いつもながら、ストレートに気持ちを伝えてくれる泰明さんと
その微笑にはメロメロです(*^-^*)

そしてあかねちゃんをからかいつつ、
それとなく二人をフォローしてる天真君の優しさが
また何ともいい感じですよね〜^^


結乃さん、素敵な創作をありがとうございました〜vv



by.陸深 雪





月の宮へ




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