――――― 神子桜 ――――― 「天真せんぱ〜い!!」 突然、思いがけないところでよく知っている人物に声をかけられて天真は少し驚いた。 「詩紋、お前どうしてこんなとこに?」 詩紋が駆け寄って来た。 「天真先輩も修学旅行、京都だったんだ。」 「ああ。何で高2にもなって中坊と同じとこ来なきゃならねえんだ。パァ〜っと海外へ行きたかったのにさぁ。」 「でも、僕たちの思い出の場所だよ、ここは。」 「ああ、そうだな。毎日このあたりを歩き回ってたんだもんな。」 「うん。ついこの間のことなのにずっと前のことのような気がするね。」 「ずっと前さ。なにしろ千年も前のことなんだから。」 「…そうだね。」 詩紋は少し淋しげに視線を落とした。 そんな詩紋の目の前にひらひらと1枚の桜の花びらが舞い降りて来た。 詩紋がふと目をあげると、その先には… 「わぁ〜、天真先輩、見て!!」 天真は詩紋の指差す方に目をやった。 そこには咲き誇った1本の桜の古木がそそり立っていた。 樹齢千年を軽く超えるような見事な桜の木だ。 ふたりはその桜の方に駆け寄った。 「おう、見事な桜だな。あかねにも見せてやりた…あっ…」 そこまで言うと天真は言葉をつまらせた。 「…きっとあかねちゃんもこの桜を見ているよ。」 「そうだな。」 ふたりは桜の木を見上げた。 泰明はひとりで桜を見上げていた。 あかねと何度も来た場所 まだ若い桜 あかねはこの桜が好きだった 今年も見事に花をつけたというのに… 「父上」 遠くから近づいて来る者があった。 「こんなところにいらしたのですね。探しましたよ。」 「………」 「いいお葬式でしたね。花がいっぱいで。」 「ああ。あかねは花が大好きだったからな。よく散策の途中で待たされたものだ。すぐに花を摘みに走ってしまうあかねを…。」 「…きっと母上も喜んでいますよ。」 「そうだな。」 「……。泰光。」 「はい。」 「少しひとりにしてくれないか。」 「わかりました。では、私は先に行っています。」 「すまぬ。」 去っていく泰光の後ろ姿を見送ると、泰明は再び桜に視線を戻した。 ひとり桜を見上げたまま泰明はつぶやいた。 「あかね。なぜ、私は壊れずにまだここにいるのだ。おまえがいないのに、なぜ…私の生などおまえがいなければ何も意味がないものを…あかね、もう一度おまえの声が聞きたい。おまえに触れたい。あかね…」 泰明は桜にそっと手を添えた。泰明の目には徐々に涙があふれてきた。 「あかね…」 あとからあとから涙がこぼれ落ちて来る。 「この涙もおまえが教えてくれたものだったな。あかね…会いたい。」 「泰明さん。」 その声にハッとして、泰明は顔を上げた。 そして泰明の目に映ったものは…見慣れた紫色に桜をあしらった水干… その目の前にいる人物こそ自分が求めてやまない者… 「あ…あかね。どうしたのだ。その格好は神子の…」 目の前のあかねはそんな泰明を見て、満面の笑みを浮かべながら言った。 「出掛ける時はいつも泰明さんが迎えに来てくれたでしょう?だから、今日は私が迎えに…泰明さん、一緒に行きましょう。」 「ああ。おまえが行くところだったらどこへでも。」 「私たちずっと一緒だよ。」 「ああ。ずっと一緒だ。」 泰明はあかねから差し伸べてられた手に自分の手を重ねた… 泰明がなかなか戻って来ないのを心配して、再び泰光は先ほどの桜の下にやって来た。 泰光が来てみると、泰明は桜にもたれかかり、眠っていた。 いや、眠っているように見えた。 その顔に微笑みをたたえながら。 泰光はその顔を見て、ホッとひと安心した。 きっと母上の夢でも見ているのだろう。 そして、声をかけた。 「父上、眠っているのですか? 皆さんがお待ちですよ。」 しかし、泰明から返事は返って来なかった。 泰光は少し訝しく思い、もう一度声をかけた。 「父上?」 やはり、返事はない。 泰光は泰明の肩に手をかけた。 「!?」 泰明は微笑んだまま静かにその生を閉じていた。 作られたものとして塵になることもなく、 ひとりの人間として… 「父上…父上〜っ」 泰光の声があたりにこだました。 そして、桜に寄り添ったまま眠る泰明の上にいつまでもいつまでも桜の花びらが降り注いでいた。 < Copyright(c) Rui Kannagi. 2001-2002. / Site「 銀の月 」> |
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