‡ ――――― 冬の訪れ笛の音に ――――― ‡
§
澄んだ音色がどこからか聞こえてくる。
あかねは、耳を澄ました。
笛の音、聞いたことのない音色。
永泉とは違う……。
(誰だろう?)
誘われるように音のする方に歩みを進めると、大きな樹木の下に、笛の主を見つけた。
あかねは、呆然と足を止める。
少し冷たくなり始めた秋風が、冬の薫りをどこからかを運んでくる。
その流れの中で、結わえられた翡翠の髪が柔らかく靡き、形の良い綺麗な指先が音色を奏でる度に、舞うように木の葉が降った。あかねは、その情景にしばし見惚れる。
ふと、笛の音が止まった。
琥珀の瞳が、静かにこちらを見、唇から笛を離す。
「神子?」
憮然とした声が聞こえあかねは、我に返ると傍まで歩み寄った。
「神子、此処が何処だかわかるか?」
「糺しの森です…」
「…………神…」
「また抜け出して来ちゃいました。」
「言わなくとも分かっている」
咎められる前に自白するあかねに、泰明は溜息交じりに答える。
あかねは少し困ったように微笑むと、泰明の隣に腰を下ろした。
「散歩していたら笛の音が聞こえて…音色を辿ってきたら其処には泰明さんがいて吃驚しました。」
「…お師匠に教わったのだ。嗜む程度で、永泉に比べれば詰まらぬものだが」
「そんな事ないです!とても綺麗な音色でした。だって私、聴き惚れちゃったもん」
少し憮然として言う泰明に、あかねは笑みを浮かべながら言うと泰明の手元を見る。
「難しいんですか?それ」
「否…それほどではないと思うが」
あかねは、そうですか、と興味深げに見つめている。
「あの…ちょっと触ってもいいですか?」
「ああ、別に構わぬが…」
嬉々とした色を浮かべて言うあかねに、泰明は、笛を差しだす。
「縦笛なら学校で習ったことあるんですけど…」
「がっこう?」
「あっ…勉強するところです。こういう…えっと…楽を学ぶ時間もあるんです。」
「そうか。」
「ところで泰明さん、これってどう押さえれば良いんですか?」
笛を手に首を傾げるあかねに、泰明は、指の押さえ方を教える。
「………これで良い」
「うーん…ちょっと指がつりそう」
少し苦笑いを浮かべてあかねは言う。
「これで吹けばいいんですね?」
そうだ、と泰明は返答して、動きが止まった。
視線を転じた先には、笛の口を唇にあてがって、息を吹きこもうとしている姿があった。
「あれ?ならない…息の吹き方もあるんですか?」
呆然と見つめる泰明に気づきもせず、あかねはもう一度試すが、やはり鳴らなかった。
「う〜〜〜ん………だめみたい。難しいですね、どうすればいいんですか」
教えられた指の形を崩さないように泰明の前に笛を突き出す。
「泰明さん?どうしたんですか??」
泰明の反応がないことに気がついて、あかねはその顔を覗き込んだ。
「泰明さん?」
突然目の前によって来た緑の瞳に、泰明は、はっとして瞬きをし、あとづ去った。
「……いっ…否…問題ない……」
泰明は、顔を手で覆った。
あかねは、不思議そうに泰明を見つめる。
自分は何かしたのだろうかと、あかねは泰明と逢ってからの自分の行動を振り返ってみる。
そして…………
「……わっ…わたし…」
(〜〜〜〜〜〜〜〜っっ)
あかねは、首まで紅く染め俯いた。その先には泰明の笛。
先程まで泰明が吹いていた笛、そして自分も、なんの躊躇いも無く吹いてしまった笛。
間接的に口付けをしてしまったことに漸く気が付いたあかねは、呆然と固まってしまった。
「神子?」
俯いたまま黙り込んでしまったあかねに、泰明は手を伸ばす。
「きゃあっ!」
「!?」
驚いてその手を払いのけてしまったあかねの行動に、泰明は少し不機嫌に眉を顰めた。
あかねは、その表情にすぐ気が付いたが、焦って眼を逸らしてしまう。
泰明は、ますます不機嫌そうな表情を浮かべあかねを見つめる。
「あっ、ご、ごめんなさい…あの、これ…」
あかねは、羞恥で真っ赤になった顔を懸命に隠しながら泰明に笛を差し出すが、泰明は受け取ってくれない。
「あ、あの…泰明さん?」
「…何故…顔を背けるのだ?何故、眼を逸らす?」
「…………」
「神子」
呼んでも尚、顔を背けたままのあかねに痺れを切らし、泰明は片手であかねの顎を捕ると強引に自分のほうへ向ける。
「……何故、私を見ない!?」
そう言うと、徐にあかねの柔らかな唇を奪う。
「んふっ!」
性急な行為にあかねは驚き、身を捩った。
あかねの手から笛が滑り落ち、カランっと地面に転がった。
泰明は、逃がさないとばかりにあかねの強く抱きしめ、深く口付けると、舌を捕らえ口内を支配する。
「んぅ……はぁっ…」
ようやく唇が離れると、あかねは大きく息を吸った。
頬を紅潮させ、涙で少し潤んだ瞳で泰明を見る。
「あっ…やす…あきさん」
「嫌だったか?」
あかねは、未だ息を乱しながらも首を横に振った。
「…何故だ?私と口付けるのが嫌だったのではないのか?」
「違います!あれは…」
間接的にしてしまったときの事を言っているのだと、あかねは気づいた。
泰明は、あかねがその事を嫌がり、顔を背け自分を見ようとしないと思ったのだ。
あかねは首を振り否定すると、泰明の胸に顔を埋めた。
「違うの…ただ、恥ずかしかっただけなの」
「恥ずかしい?」
あかねは、全身の力が抜けたよう泰明の胸に凭れ掛かり静かに頷く。
「だって…私、何も考えずにあんなこと……それで、急に恥ずかしくなって…」
「………………」
「ごめんなさい。急に取り乱したりして」
あかねは先程、勢い良く払いのけてしまった泰明の手を取ると、その手を優しく撫ぜた。その手の温もりに、泰明は表情を和らげる。
「私の方こそすまなかった。神子の唇をあのように強引に奪ってしまい…」
「そ、そんな……んっ…」
顔を上げた瞬間、泰明の口付けが振ってきた。
先程の強引なものとは違う、優しい口付け。
あかねは、泰明の首に腕を回すとその口付けに答えた。
「―――…泰明さん、もう一度…笛、吹いて貰えませんか?」
名残惜しげに唇を離すと、あかねが言った。
転がったままになっていた笛を拾い水干の袖で汚れを拭きとると、泰明に渡す。
「ああ、別に良いが…」
「本当ですか?嬉しい。」
そう言って微笑むあかねを、泰明は胸の中へ閉じ込める。
胸の中のあかねをそのままに、泰明は笛を奏で始めた。
あかねは、うっとりとその音に聞き惚れながら瞳を閉じ泰明にその身を預けた。
穏やかな風が、笛の音とともに優しく木の葉を舞い上げる。
冬の薫りと、その訪れを静かに告げるかのように………。
FIN.
< Written by Sayoko. 2002 / Site【 千年回廊 】>
‡小夜子さんのCOMMENT‡
『月晶華』陸深 雪様に捧げますm(__)m
雪さん、遅くなってごめんなさい( ̄□ ̄;)!! もう大(x100)遅刻です(>_<)
雪さんちの地の玄武聖誕祭に送ろうと思ってた作品…
最初はそれなりにお誕生日っぽく書いていたのですが、 PC壊れてデーターが
消えちゃったついでに書きなおしました。 でも内容的にあまり変わってないです(^_^;)
こんなに遅くなってしまったのに、貰ってくれて有難うございます。
感謝〜〜〜(* ^)(*^-^*)
|
【 千年回廊 】の結月 小夜子さまから戴いた創作ですv
拝読した時、イメージしたのは 深い森の奥、紅葉の舞う中で笛を奏でる泰明さんでした。 伏し目がちに笛を吹く泰明さん…。 きっとすごく素敵ですよね〜(うっとり)
それにしても泰明さんてば、 自分も照れてるのにあかねちゃんも同じだとは気づかない辺りが なんとも「らしい」というか、何というか…(笑) でもそれも想いの強さの裏返しかもしれないですねv
思わず行動に出ちゃうあたりではもう、どきどきでしたわ〜///
最後はほのぼのと甘い雰囲気で、 これからやって来る冬も、二人一緒なら寒さを感じずに過ごせそう…v なんて思ってしまいましたvv
小夜子さん、素敵な創作をありがとうございました。 それなのに飾らせて戴くのが大変遅くなってしまって 本当にごめんなさい〜…(゚-゚*;)オロオロ(;*゚-゚)
by.陸深 雪
|
・月の宮へ
・HOME
