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松明の朱く輝く炎。
翡翠のような若草。
そして、深い泉の紫。
どうしてこんなに綺麗に色を重ねるだけで、ほら。
あの人は何色にも色づくのだろう。
‡ ――――― 色の宴 ――――― ‡
§
「宴?」
「…ああ。」
暖を取る為に幾つもの几張を重ねて立て、寝台の傍にあった伏籠に上着をかけると、桃色の髪をゆっくりと撫でながら、泰明はあかねの隣へと座り込んだ。
夫婦とはいっても現代の夫婦のように2人が共に生活をすることは、京の上級社会では驚かれるべきことであったが、龍神の神子と稀代の陰陽師の組み合わせで周りを納得させてから早一年−−−−−今年も師走の末頃となった。
ちらほらと夜には雪が見え始め、屋敷の女房達も北の方の命(というかお願い)により、暖を取りつつ就寝の支度を始めている頃であろう。一部の者は、正月の里帰りにも向けて支度をしているかもしれなかった。
長い翡翠のような伸びやかな髪を手櫛で梳きながら、あかねは小さく眉を潜めそうになるのを懸命に留めた。
「お正月、まさか徹夜でお仕事なんですか?泰明さん」
「そうではない。大晦日から元旦の早朝にかけての宴に出席を求められたのだ。三ヶ日にはあかねと…」
「今年も、二人でいられないんだ…。」
ぽとりと二人の沈黙の間に落ちた言葉。
いつもよりも心無しか紅い唇が強ばって見えるのは何故か。普段の朗らかな笑みも影を潜め、屋敷の主人の柳眉がぴくり、と跳ね上がる。
「問題あるのか…あかね?」
「ううん、ないです。お仕事頑張って下さいね。ちょっと、淋しくなっちゃうなって、思っただけです。」
「神子…」
「あかねですってば!」
白く骨張った長い指に髪を取られ、くるくると指で弄ばれる感覚に耐えきれず、あかねは大声を出した。
泰明はといえばそれを意にも介さず華奢な肩ごと自分の胸に引き寄せた。
髪に、頬に、肩に。
啄むように癖のある口付けがあかねに降り注ぐと、柔らかな眼差しを向けていた泰明と視線が絡んだ。
「淋しい…か。今年で終わる。来年は共に過ごせる…と、思う。」
「宴がですか?去年私も出た、あの大きな宴?」
髪をゆっくりと撫でられる感覚は思わず瞳を閉じてしまいそうに心地よい。
翡翠の髪を自分の指に絡めながら見上げるように泰明に問うと、その指にも口付けが降りて来た。
…小さく舌が指を這ったような気もするが。
失敗した子供のようにくすり、と小さな笑みを漏らすと、無表情に戻って首をふるふると振った。
「違う。あれは帝の催した儀式だろう。今年私が出席せねばらなぬのは陰陽寮の方だ。」
「去年は私も一緒にいられたのに…残念です。でも仕方な…!」
不意に強く引かれた肩。
大きい手はあかねの後頭部をしっかりと押さえ。
強く押し付けるように口づけた。
泰明の赤い舌があかねの桃色の唇を浅く出入りするように動くと、ちろちろと唇を軽く撫でた。
ビクリ、と反応したあかねの瞳にはいたずらに笑む泰明が映っていた。
「物足りないか?…あかね」
あかね、と耳元で息を吹き込むように囁かれた当の本人は、ぷうっと赤くふくれた顔で泰明を軽く叩いた。
「もうっ、せっかくちゃんと話してたのに!ひどいです泰明さんっ」
「仕方ないだろう、そんな顔をされたら。私が我慢できるはずが…」
もが、とあかねの両手に口を塞がれた。
「も、いいです。いいから言わないで下さい恥ずかしいっ!」
ぷいっと横を向いてしまったあかねを見て泰明は苦笑した。即座に後ろから抱き締める。
「陰陽寮の宴じゃ、今年だけ出れば良いわけじゃないでしょう?」
「陰陽寮の宴も本来私は出席しなくて良いのだ。ただ今年は…」
言い淀む泰明にあかねはくるりと顔を向けた。
そのあどけなさに小さく苦笑すると、抱き締める腕の力を微かに強めた。
「今年は、神子の代わりに出席するだけのこと。舞を終えれば帰って来られる。」
「私…?舞…?泰明さんが踊るんですか?」
こくり、と小さく頷く。
細い指があかねの頬を、曲線を描くようになぞった。
「龍神を鎮めたのが去年神子が出席しなければならなかった儀式だが…今年は陰陽寮のみで行う宴でしかない。神子がわざわざ出席しなくとも、夫である私で代わりがきくのだ。龍神を奉る為の宴であるから…」
「私も出ます!っていうか私が出ます!」
がばっと食い付いて来たあかねに、泰明は一瞬怯む。
が、しかし。同じくふるふると首を振ってそれを否定した。
あかねが言うことは重々承知していたのだ。返答は用意されていたのである。…某少将殿によって。
「ならぬ。神子、神子に舞など…他の男に着飾ったところをわざわざ見せる必要は」
「だってそうしたら泰明さんの傍にいられるでしょう?少しでも傍に居たいの、駄目ですか?」
問題ないでしょうとにっこり微笑むあかねに泰明はつと頷きそうになった。
が、しかし。
「だ・め・だ。問題ありだ。」
「どうし…!」
ぐい、と横たわらせられてから数秒後、ようやくあかねは自分が押し倒されたことに気づいた。
はっとして身体を上げようとしたその時、長く湿ったままの翡翠の髪が身体をくすぐると、あかねの顔近く触れてしまいそうな位置に、泰明はゆっくりとのしかかって来た。
「…あかね」
「なんですかっ」
いきなりの暴挙に再び御立腹の妻。
睫の長い瞳を美しく切れ長に細めると、泰明はあかねの首元に小さく歯を立てた。
「ひゃっ…」
「私を嫉妬で狂わす気か?」
「え、ちょっと、泰明さんっ?!」
「龍神の為の舞だ。おまえが舞っては龍神に連れ去られるかもしれぬ。そうでなくとも他の目に触れさせる気など微塵もないというのに…この口か」
雰囲気の違う泰明に微動だにできないあかねの唇に、そっと指を這わせる。
と、ここで微妙にあかねは勘づいた。
…やばい、戦闘体勢だ。
今夜は眠らせてもらえないかもしれない。
「や、泰明さん、あのね…」
「この口は、舞を舞いたい、と。そう言ったな、あかね」
細い形の良い唇で笑まれると、あかねにはどうすることもできない。
そのことを本人は知っているのだろうか。
「い、言いましたよっ」
負けじとあかねは強く言い放った。が。
「そうか、では今宵舞ってもらうとしよう。舞いたいのだろう?」
なにやら嬉しそうに破顔した夫を見て、あかねはこれ以上の交渉を断念した。
大晦日には、おそらく本当にいそいそと舞を舞ったら帰って来るに違いない、と心の中で苦笑しつつ。
二人の夜は過ぎていく。
今宵も共に。
FIN.
< Written by Akira Sena. 2003 / Site【 地球儀改造計画 】>
【 地球儀改造計画 】の瀬名 アキラさまが配布していらした、お正月創作ですv
素直に感情を表すあかねちゃんの可愛らしさと、 そんなあかねちゃんが愛おしくて仕方ない泰明さんの様子が、 二人の言葉やちょっとした仕草の端々から目に見えるようですv
某少将殿の入れ知恵も、 そんなあかねちゃんの魅力も、泰明さんの気持ちも解っているからこそ… といった処でしょうか^^
後半のちょっと強引で情熱的な、「戦闘態勢」な泰明さんには、 思わずくらくらしちゃいましたけど…/// …はっ、一体何処までが少将殿の入れ知恵だったのでしょうっ(笑)
でもしっとりした雰囲気と、とってもラブラブな二人にうっとりですvv
瀬名さま、素敵な創作をありがとうございました。
by.陸深 雪
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