§ 「う〜ん…」 食卓の上に、トン、と載せられたカップ。 インスタントラーメンさながらのそれを、は頬づえをつき、難しげな顔で眺めていた。 それは確かに外見はカッ○ラー○ンにそっくりだったが、よくよく見れば何処か微妙に違う気がする。何せ、その名前からして…。 「カップ…はちよー?」 …聞いた事が無い。 内心、首を捻りつつ、ともあれはひょい、とそれを手に取ると、今度は矯めつ眇めつしながらしげしげと見る。と、そうしているうちにこれの「作り方」らしき注意書きを発見した。 「えーと………“…カップの蓋をめくり、注ぎ口からお湯を注いで蓋をし、3分間お待ち下さい。 ――― 注意:お湯は40度程度までのものを使用して下さい。熱湯を注ぐと火傷する恐れがあります”…?」 そこまで読んで、彼女は思わず眉を顰めた。 「…40度?」 インスタント食品をもどすにしては、ずいぶんと それとも見かけがカッ○○ードルに似ているだけで、やはり中味は食べ物ではないという事か。 はうーん、と暫し首を捻り、目の前のカップを見遣る。 それは元はと言えば、街中を歩いている時に知らない男性から貰った物だった。「どうぞ」と彼女に手渡した男の手慣れた様子と手渡されたそれの見た目から、宣伝代わりに街頭で配られている試食品の類だと思ったのだが。 …もしかしたら違ったのかもしれない。 そんな事を思いながら蓋を捲ってみると、中には大きなバスキューブにも似た、澄んだ琥珀色の珠がころん、と一つ入っていた。 「………これだけ?」 ますます訳が判らない。 …とはいえ、結局は疑問よりも好奇心の方が勝ったらしい。 それに両掌で包み込めるほどの大きさのそれは、光の加減で深く、淡く色を変え、とても綺麗だった。そんなものがまさか危険物なんて事も無いだろう。…多分。 ともかく、まずは作ってみようと、彼女は思い切りよくそう決め、早速お湯を注ぎ始める。 ――― 興味津々で待つ事暫し。 そうしてそろそろ3分が経とうかという頃…。 ごそ、と不意にその蓋が中から押し上げられるように、動いた。 「?」 少女は何の気無しにぺらり、とその蓋をめくる。…と。 まず視界に入ったのは、一面に広がる綺麗な翡翠の色。 そして其処には、何かに似た肌色のものが、浮いて ―――…。 「……………あつい」 喋った。 「 ――― ッッ ?!」 目の前の光景を無意識のうちに拒否しているのか、大きな瞳を見開いて固まっている彼女の前で、“それ”はひょいと貌を上げた。 瞬間、翡翠と琥珀の色違いの瞳が真っ直ぐに彼女を捉え、は思わず現状も忘れて、どきりとする。 小さな頭の片側でお団子に結われた、細く、しなやかな翡翠色の髪。 幼子特有の柔らかさをみせる、滑らかなミルク色の肌。 頭の上には白いふわふわの毛に覆われた子猫のような耳があり、カップの縁からは同じ色の可愛らしいしっぽがちょん、と覗いている。 何とも不思議な、けれど印象的なその小さな生き物に、彼女は瞬きもせずまじまじと視線を注ぐ。 …と、その視線を感じたのか。 “それ”はを見ながら、不意に気難しげにきゅっと貌を顰めた。 「熱い。出せ」 「 ――― えっ!? ああっ、え、えと…ごめんっ!」 もう一度、はっきりと響いた声にはっ、と我に返ったは、あたふたと湯の中に手を差し入れた。 流石はカップラーメン仕様、保温効果抜群なのか、中は幾分熱く感じられる。 ともかく、彼女はそうっと“それ”を掌の上に載せると、ゆっくりと外へと出してやった。 「うわわ;;」 もぞ、と掌の上で動かれて、びくりとしたは、狼狽えて取り落としそうになった“それ”を慌てて支えなおした。 どうにか落とさずに済み、ほっと胸をなで下ろす。 掌の上にちょこんと乗ったまま、ほかほかと湯気を立てている“それ”を見ているうちに、ふと「熱湯注意」の注意書きを思い出し、彼女は漸く、その真意を理解した。 確かに、これではあまりに熱い湯など注いでは、この子がやけどしてしまう。 そんな事を思いつつ、ちょこん、と掌の上に乗っている“それ”をまじまじと見る。 “それ”は柔らかそうな頬を上気させ、ふー…と大きく息をつくと、ぷるぷると勢いよく頭を振った。 周囲にぽつぽつと水滴が散るのを見、彼女は“それ”を食卓の上に降ろすと慌ててタオルを取りに行き、包み込むようにして丁寧に拭いてやる。 ――― と、“それ”はタオルの合間から大きな瞳を覗かせ、きょとんとした貌でじいっとをを見つめた。 …視線が合って、しばらく見合ってしまった彼女は、そのあまりに邪気の無い様子に驚きも忘れ、思わず、…ぷ、と小さく笑いを零す。 「…可愛い…」 くすくすと笑うに、食卓の上でタオルに埋もれそうになってじたばたと格闘していた“それ”は不思議そうな貌をしてみせる。 見上げてくる澄んだ硝子のような大きな瞳。 それから、うん? と考え込むように小さく頸を傾げると、“それ”は何か承知したかのように、こくり、と一つ頷いた。 「 ――― “ごしゅじん”は、お前か」 「…“ごしゅじん”?」 幼く、澄んだ響きの高い声。 その唐突な、確認するような言葉に何の事やら判らないまま彼女が鸚鵡返しに問い返すと、“それ”はくいっと自分の浸かっていた入れ物の外側、先ほど注意書きの書いてあった辺りを指さした。 ――― そういえば、作り方にばかり気を取られて、注意書きを最後まで読んでいなかった…などと今更ながら思い出し、つられるようにその指差す先 ― 更に何か書かれているらしい ― へ目を向ける。 …と。 「……………」 何なのだこれは。 一瞬固まったは、ややあって微妙な表情のまま、頭を振って額を押さえる。 まるで何処ぞの怪しいTVショッピングか何かの売り文句のようなその一文。 (………胡散くさ ―――…) 語尾の☆マークがさらにその …そう、でもよくよく考えてみれば、この怪しさ大爆発のインスタントラーメンもどきのカップをくれた…もとい、押しつけていった年齢不詳の男は、“美味しく食べちゃってくれ”ではなく、“可愛がってやってくれ”と言っていた、ような気もする。 はぁ、と何とも言えない気分で彼女は盛大に溜息をつく。 …この時点で、そのような怪しげなものをあっさりと受け取った挙げ句、興味津々で使ってみたりしてしまった自分自身の迂闊さは綺麗さっぱり忘れ去られていたりする。 何はともあれ、は気を取り直し、その「取説」とでも言うべき“やちゅあき育成まにゅある”とやらに目を通し始めた。 T やちゅあきは、最初に見た人を“ご主人”として認識します。 貴女のお名前を教えてあげて下さいね ![]() U やちゅあきは、貴女の愛情で成長します。 しっかりスキンシップをしてあげて下さい。 …etc. 「…もしかして… 思わずそう呟いて視線を“それ” ― 恐らくは“やちゅあき”というのだろう ― に戻す。 「ええと…あなたがやちゅあき、くん?」 「そうだ。お前がごしゅじんか?」 「………そうみたい」 が苦笑混じりに肯定すると、やちゅあきはふむ、と頷いた。 それから小首を傾げて彼女を見上げてくる。 「…ごしゅじんの名前はなんだ?」 「わたし? 私はだけど…」 「そうか。…わかった。、よろしくたのむ」 真面目くさってそう言うと、やちゅあきはぺこりとお辞儀してみせる。 それに目を丸くしたは、くす、と声を洩らしてこちらこそ、と頬を綻ばせると、そっと翡翠色の頭を撫でる。 不思議そうな貌で、けれどくすぐったそうに目を細めるやちゅあき。 思わずさらによしよしと撫でてやると、その腕にちょん、と小さな両手がかけられる。 「…?」 やちゅあきの手が触れた瞬間、その感触に、ん?とは撫でていた手を止めた。 そして徐にやちゅあきの手を取り上げる。 産毛のように柔らかい白い毛の生えた手はぬいぐるみのようで、なんとも魅力的な触り心地だ。 「へぇ…おてても猫みたいなんだ」 「なんだ?」 何処となく居心地悪げにしているやちゅあきにはお構いなしに、はその小さな手をひょいと裏返した。そしてぽつりと呟く。 「…肉球だ」 生まれたての子猫のそれのような、ふわふわのピンク色をした肉球。 道理で、指で触れられているにしては妙に柔らかい感触がした筈だ。 ふ〜ん、と言いながら、はついつい好奇心につられて、ちょいちょいとその肉球を突いてみる。 と、触れられるとむずむずするのか、やちゅあきが何やら落ち着かない様子でもじもじし始めた。むっと眉根を寄せ、拗ねているような何とも言えない表情でを見遣る。 「なに?」 「…それは触ってはだめなのだ」 「なんで?」 「………だめだったらだめなのだっ」 「そうなの?」 仄かに頬を染め、むうっと頬を膨らませて言い張るやちゅあきの様子に、面白がってさらにぷにぷにと触ってしまう。 初めのうちは何とかのぷにぷに攻撃から逃れようとしていたやちゅあきだったが、どうにも逃げられないと悟ると、うりゅりゅりゅ、とその大きな瞳が潤み始めた。 … 涙目のやちゅあきに驚いて、は思わずその手を止める。 と、その隙に彼は必死に全身を捩ると、 そのままするりとベッドの影に滑り込む。 慌てふためいた彼女は身を屈めると、やちゅあきのいるであろう辺りを覗き込んだ。 隙間は狭く、暗がりになっていてその姿ははっきりとは見えない。 「…やちゅあきくん?」 「………」 返事は無い。 「やちゅ〜?」 「…――― はいぢめるから、キライだっ」 くすん、と鼻をすすり上げながら、漸く小さな声が返る。 どうやらかなりご機嫌斜めのようだ。 その様子を前にして、流石にやりすぎたかとはちくりと胸が痛んだ。 …本当に、いじめているつもりなど無かったのだけれど。 「ごめん、もうやちゅのイヤな事しないから。ね?」 「………」 「じゃ、じゃあ、何でも一つ、やちゅのお願い、聞いてあげるから! …ダメ?」 「………」 暫くの間、迷うような沈黙が続き。 ややあっておずおずとそこから小さな頭だけがちらりと覗く。 やちゅあきはベッドの足の影から、窺うようにの方をじいー…っと上目遣いに見上げた。 …それからしかつめらしい貌でぽつり、と呟く。 「…ぎゅっとして、らぶらぶしてくれたら、許す」 「らぶらぶ? …って?」 は困ったように頸を傾げる。 それを目にしたやちゅあきはもぞもぞとベッドの下から這い出し、とてとてとの方へと近寄ってきた。 抱っこ、というように小さな腕を伸ばす彼を、彼女は両手の中に抱き上げる。 するとやちゅあきは、ん、とふわふわの頬をつきだした。 何かを催促するようなその仕草に一瞬、きょとんとしたは、少しの間考え…不意にその意味に閃いた。 それからそうっと、差し出されているやちゅあきのほっぺたに唇を寄せる。 「…――― これで仲直り、かな?」 「…ん」 の言葉にこくり、と満足げに頷くやちゅあき。どうやら本当に、やちゅあきにとって“らぶらぶ”は“ちゅー”をする事であり、「親愛の情」の証であるらしい。 かと思うと、今度はお返しとばかりにちゅvとに口づけると、にこっと微笑する。 驚いて翠の瞳を見開いたは、やちゅあきの全開の無邪気な笑顔に思わず、ふふ、と笑みを誘われた。 彼女はあっというまにご機嫌になったやちゅあきを膝に乗せると、また優しく頭を撫でてやる。 の膝の上で、大人しく撫でられているやちゅあき。 さらさらと髪を梳いてゆくような指先が気に入ったのか、手を止めようとすると心なしか不満そうに見上げてくる。 …これではどちらが懐柔されているのか判らない。 (まぁ…“小さい子はスキンシップが大事”だって言うし…ね?) こちょこちょと指先で構ってやりながらそんな事を思っていると、やちゅあきが、…ふわ、と小さくあくびを洩らした。 「やちゅ、眠くなった?」 「ん〜〜…」 小さな手でこしこしと目をこすっているが、その瞼はとろんとして今にも落ちてしまいそうな様子だ。 はやちゅあきを抱えると、少し考え、とりあえず自分のベッドへと運んだ。 そうして布団代わりにタオルを掛けてやり、寝かしつけようとする。…が、小さな手がの服の裾をぎゅっと掴んで離さない。 「大丈夫。此処にいるからね」 ぽんぽんと軽く小さな頭に触れると、はその傍らに寄り添うようにすとんと腰を下ろした。そしてにこっと笑う。 それを見て安心したのか、それともそろそろ眠気を堪えるのも限界だったのか…。 やちゅあきはこてん、と枕に突っ伏すと、お休み3秒並の寝付きの速さであっという間にすーすーと安らかな寝息を立て始める。 「…おやすみ」 は羽毛のように柔らかい頬を小さくつつく。 ベッドに寄りかかり、両腕に顎を預けながら、はその天使のように可愛らしい寝貌を見るともなしに見つめる。 ―――――― そして訪れる、ひとときの休息。 …が、それから僅か数日の後。 表れた“スキンシップ”の効果の程に、彼女は度肝を抜かれる事となる ―――…? 【 …end? 】 2003.7.3(THU)UP. 【 +++ To 神奈さま +++ 】 < Written by Yuki Kugami. 2003. / Site 【 月晶華 】 > & < Illustration by Kanna. 2003. / Site 【 One-Sided Love 】 >
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