――――― 流れゆく 雲の彼方に ―――――


〔幕間 天真・詩紋〕









§









「 ――― なんで俺達よりあいつの方が先にいるんだよ…」


 北山で、泰明とあかねが二人、それぞれの思いを抱きながら、彼方の雲を眺めつつ、佇んでいる頃。

 成り行き上、何となく傍の木の陰に隠れて二人の様子を窺っていた天真が、おもむろにぼそり、とそうぼやいた。
 その隣でつられて同じように身を屈めている詩紋はさあ、と困ったような笑みを浮かべながら、小さく首を傾げている。


 ――― あかねがまた左大臣邸を抜け出した、とおろおろした様子の藤姫から報せを受け、取り敢えず手の空いていた詩紋と共に探しに飛び出した天真があちこちを走り回った挙げ句、漸く北山に辿りついた時には、何故か既にあかねは泰明に「捕獲」されていた。
 それならさっさと連れて帰ろうかと声を掛けようとしたのだが、そのまま何事か二人が話を始めてしまい、その場の雰囲気に何となく出るに出られず…結局木の陰にしゃがみ込んだまま、今に至っている。

 あかねのことはこのまま泰明に任せてしまっても良かったのだが、藤姫の頼みで探しに来た手前、手ぶらで帰るのも…云々などと迷っている間にこっそり立ち去るのも難しい状況に陥り、このままでは立ち聞きしていたと誤解されかねないと慌てて手近なこの場所に隠れてしまって、とうとう身動きがとれなくなってしまったのだ。

 …実際の所は、何やら話し込んでいる二人の様子が気になった…だけかもしれないが、取り敢えず、それは脇に置いている天真だった。

 しかし、天真はこれで見つかっていないつもりらしいが、詩紋は内心、自分達の気配はとっくに泰明に悟られているのでは、と冷や冷やしていた。
 彼はその陰陽に通ずる能力故か、とにかく恐ろしく気配というものに敏感なのだ。

 …まあ、とは言ってもここからでは二人の話は聞こえないし、辺りに生い茂る樹木の影のせいで薄暗いため、遠目では表情もよくは判らず、たとえここにいることがばれたからといって、別にどうということはないのだが。


「 ――― 大体、あいつは普段、仕事で大内裏にいるはずだろ? なのにあかねがいなくなると必ず探しに来るんだよな。…何で判るんだ?」

 片膝を立てて座り、その膝の上に腕を載せて、既に何やらくつろぎはじめている天真がぼそぼそと声を潜めつつ、詩紋の方を見遣る。

「う〜ん、ほら。泰明さんて陰陽師だし。ボクたちに判らないようなことも判るんじゃない?」

 それに泰明さん、あかねちゃんのこといつも心配してるみたいだよ、と言う詩紋に、あれでか?と天真が顔を顰めた。

「だって、気にかけてなくちゃ、あかねちゃんがいなくなったこと、あんなに早く判るわけないよ」
「まーな。でもそれでああいう言い方するか? 普通」


 掌に顎を預けながら、天真は何処か呆れたような口調で溜息をつく。


 常に沈着冷静で、およそ己を乱す、ということと縁遠い泰明は、いつも飄々とした風情を漂わせている友雅とはまた別の意味で非常にマイペースだった。
 その口調にしても然りで、率直といえば聞こえはいいが、もう少しましな言い方はないものか、と日頃からあまり丁寧な言葉遣いではない天真ですら思うほどに、泰明の物言いには遠慮も配慮も容赦も何もない。「身も蓋もない」という次元さえ超えていることすらままある。

 そしてあかねはといえば、ふらふらと邸を抜け出しては何故か必ず泰明に捕まり、その度にそんな彼からきつい小言を頂戴している。
 こちらに来て間もない頃、やはりあかねが今回と同じように無断で左大臣邸を抜け出したことがあったのだが、その時ちらっと聞いた泰明の言葉の内容ときたらそれはもう、端から聞いていても散々な言われようだった。


 曰く、“思慮深くない”、“軽率だ”、“その頭の中には何が入っているのだ”等々。


 …なかでもとどめとも言えるのが、呆れたような無言の視線と溜息だ。

 いつだったか、いけ好かない貴族(…友雅によればなんとか寮の頭とかいう役職名があるらしいのだが、天真の「いちいち覚えてられっか、めんどくせぇ」の一言で一蹴され、以来仲間内では「まろ」で通っている…)に会った時に一度見たきりなのだが、なまじ怜悧な印象の整った顔であるだけに、表情の乏しいまま鋭い視線を向けられると、その迫力たるや、相当なものだ。
 さすがにあかねは勿論、自分達にも実際にそのような冷たい視線が向けられた事はまだ無いが、自分ですらそう感じるのだから、もしもそんな顔をされたら、あかねなどは泣き出すのではないかと思ったこともあったのだが。


 そこまで考えて…ん?と天真は眉根を寄せる。


「…そういやあかねのやつ、あいつに何言われてもけろっとしてるんだよな」

 不思議そうな天真の様子に詩紋が何か思い当たることがあるのか、くすくすと笑いながらああ、と頷いた。

「あのね、前にあかねちゃん、泰明さんは他に言い方を知らないだけで悪気は無いんだ、って笑ってたよ。…だからじゃないかな」
「悪気のある無しでどうこう言えるレベルなのか? あれ。まあ、確かに泰明は言葉が足りない所があるし、あれだけ言われて懲りないあかねもあかねだけどな」


 苦笑と共にくしゃりと髪をかき上げると、天真はふと思いついたように、しかしなんであいつ、残るなんて言いだしたんだろうな、とぽつりと続ける。




 …――― 神泉苑での決戦であかねが龍神を喚び、鬼の一族が姿を消した後。

 彼女達は当然元の世界に戻るのだろうと、藤姫も含め、みながそう思っていたのだが、左大臣邸で三日もの間、昏々と眠り続けていた当のあかねは、意識を取り戻すと何故かきっぱりと「還らない」と言ってのけたのだ。
 突然の発言に天真も詩紋も驚いたのだが、鬼の暗示を解かれて以来、あかねの傍から離れたがらない(いつの間にか兄を差し置いて交流を深めていたらしい)蘭までもが、そんなあかねの態度を受けて、断固とした様子で「私も残る」と言いだし…そんな二人を放っておけない天真と詩紋も結局、なし崩し的に残る事になってしまい、現在に至っている。
 尤も、四神の力が戻り、京の結界や龍脈も元通りになっている現在、次元を繋ぐ条件は既に整っている為、還ることを焦る必要はないとも言えるため、二人ともその点に関しては、さして気にしてはいなかったが。


 …それに、この先、どうするつもりなのかはまだ判らないが、それであかねや蘭の気が済むというのなら、今は二人のしたいようにさせてやりたいとも天真は思っていたのだ。

 この戦いで最も辛く、苦しい思いをしたのは、龍に選ばれたあの二人の少女の筈だから。


「 ――― 俺も、ここは嫌いじゃないからな。残ったって別に構わないんだが」


 そう言ってふうっと軽く溜息をつくと、第一、あっちに還ることが必ずしもいいとは言えないだろうし、と呟く。

「…うん。そうだね…」

 そんな天真に、詩紋は両膝を腕で抱え込むと俯けた顔をそこに伏せるようにして、小さく相づちを打つ。



 ――― 龍神を召喚した後、あかねは無事に還ってきたとはいうものの、全てが前と同じように元通り、とは行かなかった。
 …「龍神の神子」としての役目は終えたはずなのに、何故かその身に龍神の神気と力が喪われないまま、残ってしまったのだ。
 そしてその影響は当然、あかねと対を成す黒龍の神子である蘭や、神子と深い繋がりを持つ八葉にも及び ――― 結果として蘭と八葉もまた、今もその力の片鱗を自身の身に宿している。


 かつて無い事態なのか、星の一族の文献にも参考となるような記録は無かったらしく、藤姫にもはっきりとした原因は分からなかったが、彼女や泰明の見解では、あかねが一度は龍神の胎に取り込まれてしまった為に、知らず知らずのうちに龍神の力の影響を受け、龍神との間に強い繋がりが出来てしまったのではないか、ということだった。

 そして、彼女が変わらず神気を纏い続ける以上、その龍神の力は彼女を護りもするが、白龍の持つ性質上、怨霊などに狙われやすく、穢れに敏感になるというリスクも同時に背負うことになるのだ。

 自分達の住んでいた世界に、この世界にいるような「怨霊」というものが存在しているのかどうか、はっきりとしたことは天真にも詩紋にも判らない。
 しかし、“穢れ”というものが、人の強い想いや感情といった「念」が転じて生じるものだというのなら、あちらの世界では恐らく、目を覆いたくなるほどの穢れが渦巻いていることだろうと、容易に想像できる。
 なにせ、京とは比べものにならないほど多くの人間が存在しているのだ。
 生じる思いや欲の量や強さ、そしてそこから起こる混乱も、桁違いのものだろう。

 加えてあちらにはそれを充分に防ぐ手だてがあるかどうか、全く判らない。
 下手にそんな話をしようものなら、変人扱いされて妙な目で見られるか、その力故にいい見せ物にでもされてしまうのがオチだろう。

 …そう思うと、あかねを護る事が出来る力を持ち、事情にもよく通じた者がいるこの世界の方が、あかねにとってはずっと暮らしやすいかもしれない、とも考えてしまうのだ。
 いまだに龍神の力を持つ蘭や自分達にしても、同じ事が言えるだろう。


 しかもここでならば、京にとって貴重な力を持つあかねと蘭は勿論、八葉である自分達もまた、ある程度の身分を保障されており、少なくとも必要最小限の衣食住には困ることもない。



 複雑な思いに彼らはそれぞれふうっと大きく息をつくと、まだ立ち去る様子のないあかねと泰明の方へとぼんやりと視線を向ける。

 ふたりはまた何か話を始めたのか、あかねが首を傾げるのが遠目に微かに見えた。
 泰明の様子はこちらからでは後ろ姿しか見えず、よくわからないが、雰囲気から察するに何事か言っているのは彼らしい。







 ――― と。




 不意にあかねがふわりととても嬉しそうに微笑ったのが、気配で分かった。
 …その気配は今までにないほどに柔らかく、優しい。




「……………」




 天真と詩紋は思わずぱっと視線を逸らすと、互いに顔を見合わせる。
 …なぜかいま、妙に気まずい気分に襲われたのだ。

 内心でいや、別に覗いているわけじゃ…などと自分で自分に言い訳しながら、なんとなくこそこそと、二人は木陰に身を隠すように更に低く躰を屈める。
 そのまま息を潜める天真の脳裏に、何だか妙なことになってしまった、という思いが今更ながらちらりと過ぎっていった。
 対する詩紋は、どんどん深みに嵌りつつある自分達の状況に、何とはなしに嫌な予感を覚えて困りきった様子で眉根を寄せている。

 ――― やはり、すぐに声をかけるか、あかねのことは泰明に任せてさっさと帰っておくべきだったかもしれない。






「…それにしてもあいつら、なんの話してるんだろうな」

 間に漂う重苦しい気まずさを取り繕うかのようにぽそっと天真が洩らした、その時。









「 ――― 何をしている?」









 突然、頭上から低いよく透る声が降ってきて、天真はうわっと大きく声を上げると、飛び上がるようにして勢いよく背後を振り向いた。
 唐突な出現に心臓を激しく動悸させている天真の目の前で、声の主は平然と佇み、こちらへ静かな落ち着いた視線を向けている。


「 ――― 泰明ッ! お前いきなり背後から気配消して近づくなよ!!」
「そのようなことはしていない。気付かないのはお前の注意力が足りないからだろう」

 動揺を悟られまいとするかのように果敢に噛みつく天真に、淡々と相変わらずの物言いで言い返す泰明の姿を、驚きに碧い瞳を大きく見開いて半ば茫然と見ていた詩紋は、次第に事態を把握するに従って、ああ、やっぱり…と自分の予感が的中していたことを認識する。


 …泰明の声や態度から僅かに漂う、どこか呆れたような雰囲気。
 あの様子では、恐らく自分達がここにやって来た時から気付いていたに違いない。

 なにせ、相手は遠く大内裏からあかねの気配を辿ってこられるほどのずば抜けた能力の持ち主なのだ。


 別に盗み聞きをしたわけではないのだが、何とも言えない居心地の悪さを感じながら、「お前、本気でその物言いどうにかしろよ!」などと言っている天真と、解っているのかいないのか、それを黙然と聞いている泰明の二人の方を、詩紋はおろおろと窺った。




「 ――― あれ? 天真くん、詩紋くん、どうしたの?」

 そこへ、遅れてやって来たあかねがひょっこりと顔を出した。

「お前を捜しに来たんだろ…」

 きょとんとした様子のあかねの呑気な声に毒気を抜かれたのか、泰明からあかねへと視線を移して、大きな溜息と共に呆れたように呟く天真に、詩紋が慌てて天真先輩、と取りなしに入る。

「藤姫が心配してたよ、あかねちゃん」

 詩紋の言葉にあかねは済まなさそうな様子でうん、ごめんね、とちょっと肩を竦めた。
 そのやりとりを見ていた天真が、横から口を挟む。

「藤姫、泣きそうだったぞ? 蘭もお前がいないと落ち着かないし。あんまり一人でふらふら抜け出してると、そのうち藤姫だけじゃなく、あいつも泣くかもな」
「ええ!?」

 あいつお前にやたらと懐いてるからな〜、と横目であかねを見ながらここぞとばかりにからかう天真に、あかねがどうしよう、と焦ったように考え込む。


「…じゃあ、早く帰らなくちゃ、もっと心配させちゃう、よね…」
「あかね?」


 暫く沈黙していたあかねが、独り言のように小さく洩らした声に、天真がひょいと顔を近づける。
 だがあかねは、うん、と一つ頷くが早いか、ごめん、先に帰ってるね!!と言いながら三人が止める間もなく身を翻し、軽やかな足取りで駆けていってしまった。





「あいつ、全っ然、解ってねーな…」

 目の前で見事に引き止め損なった天真が、疲れたようには〜っと息をつく。
 とは言え、半分は自分がけしかけたようなものなので、あまり強いことは言えない。

 …一瞬、泰明から冷たい視線か声が飛んでくるかとも思ったが、彼はただあかねの走って行く先に、何かを見通すような静かな視線を向けている。


「いいの? 泰明さん。あかねちゃん一人で先に行っちゃって」
「…問題ない。神子には守護の式神も呪符もある」

 優雅に空を舞いつつぴったりとあかねの後をついてゆく白鷺の姿を目で追いながら、心配そうに訊ねる詩紋に僅かな沈黙の後でそう請け合い、次いで泰明はさらりと続けた。



「それに神子が呼べば、何処にいようとも聴こえる」
「……………」



 …何か、意味深な発言を聞いたような気がして、一瞬、詩紋は返答に詰まる。
 それを一体どう理解すべきか戸惑ったように、詩紋はえーと、などと意味もない言葉を口にしながら、袖の中で落ち着かなげにもぞもぞと指を組み替える。
 そんな彼の様子に疑問を覚えたのか、泰明が問うような眼差しを向けているのが判る。







「 ――― そういえばお前、さっきあかねに何言ったんだ?」







 と、先ほどの泰明の発言を聞いていなかったらしい天真が、少し走り疲れたのか、次第に赤く染まりだした空の下を先に立って歩いているあかねの小さな後ろ姿を見ながら、思いだしたようにそう泰明へ声をかけた。

「必要なら私を呼べと、そう言っただけだ」

 軽く眉を寄せ、天真が何時のことを言っているのか少し考えた後、泰明は落ち着いた声で一言答えると、両腕を組みながら軽く頭(かぶり)を振る。


「行くなと言っても神子は“散歩”とやらを止めはしないだろうからな」
「あいつ、ほんとに思い立ったら全然、人の言うことなんか聞きゃしないからなぁ」

 いい加減、諦めたかのような口振りに苦笑しながら、天真が溜息混じりに答えると、全くだ、と言葉少なに泰明も同意する。


 人のために自分の身も省みずに動くかと思えば、自分のために誰かを煩わせたり、傷つけたりするのは嫌だという。
 …今回のことにしても、或いはぼんやりと考えに耽っている処などを見せて、藤姫達を心配させたくないとでも思ったのかもしれない。

 人の気持ちばかりを思い遣って、いつも自分自身には全く無頓着なあかね。
 それ故に無茶なことをしでかし、八葉や藤姫達が気を揉んだことも、一度や二度ではない。


 ――― けれど…。







 …ゆっくりと瞳を伏せた泰明の周囲の空気が、ふわりと和らぐ。







「…だが、それが神子らしいか」







 不意に傍らから零れた低い柔らかな響きに、驚いたように天真と詩紋が振り返った。

 ――― そして、目にしたものが信じられずに、二人は大きく瞳を見開いてただ茫然と立ち尽くす。



 



 ―――… 一方泰明は、凍りついたように固まったまま、微動だにしない二人に気がつくと、訝しげな視線を向けた。

 しかし一向に応えのない二人に首を傾げながら眉を顰めると、諦めたように一つ嘆息を落とす。
 そうして先に行く、とだけ言い置くと、二人を残したまま、すたすたとあかねの後を追って行ってしまった。







 ―――… ぽつんと取り残された天真と詩紋は、二人の姿が視界から消えてもまだその場にぼうっと突っ立っていた。

 暫くの沈黙の後、…はあーっ、とその口から盛大な溜息が洩れる。




「 ――― なんか俺、今、すごいもん見たような気がする…」

 何故か赤くなってくる顔を片手で覆いながらぽつり、と天真が洩らすと、傍らの詩紋も真っ赤な顔で、………ボクも、と小さく呟く。


「あかねのやつ、見たことあんのかな、今のアレ」
「…さぁ…」

 何処かまだぼんやりしたまま、ぽつぽつと言葉が交わされる。




「…なんだか、ほんとに結構大事にされてんだな」

 照れ隠しのようにがりがりと頭を乱暴にかきながら、ボソッと天真が呟いた。
 続く、まあ、あいつらは全然判ってねえみたいだけど、と言う言葉に、漸く落ち着きを取り戻しはじめた詩紋が思わず小さく笑う。


「…こりゃ、居残り決定かもな」
「…そうだね」


 苦笑を滲ませた天真に、同じ事を考えていたのか、そう短く詩紋が答える。

 ――― あかねがこちらに残ると言えば、恐らく蘭も残ると言うだろう。
 ただ蘭があかねを慕っているというだけでなく、対を成す神子である所以か、あの二人の間には何か引き合うような、不思議な繋がりがあるようだった。
 そして二人が残ると言えば、天真や詩紋がそれを放っておけるはずがない。

 それに何より、自分達だけでなく、この地にいる人々との間にも、離れ難い絆が既に生じてしまっているのだ。


「あいつらのことは意外と言えば意外だけど、お互い、あんな風に笑えるんなら大丈夫だろ。…鈍いから時間はかかりそうだけどな」

 何かのついでのようにそう洩らし、天真は軽く伸びをすると俺達も帰ろうぜ、と声をかける。
 その言葉に、彼なりに恐ろしくマイペースな二人のことを心配しているらしい、と悟った詩紋はふふっと声を洩らした。


「天真先輩、何だかあかねちゃんのお兄さんみたいだよ」
「…うるせえよ。ほら、行くぞ」

 照れくさいのか、背を向けたきりずんずんと歩いていってしまう天真の背中を追いながら、詩紋は彼の言葉は現実になるだろう、と思う。



 …――― それはきっと、いつの頃からか薄々と感じていた予感。


 ふと胸に湧き起こったそんな感慨と共に、脳裏にかつて見た一つの光景が甦る。


 ………あの日。
 龍神のもとから還されたあかねを受け止め、左大臣邸まで運んできたのは泰明だった。
 全ての力を使い果たして眠る、無防備なあかねを護る為に、三日三晩、結界を張り続けたのも。

 ――― そしてあかねは、神泉苑での最後の戦いの時、妹・蘭を取り戻したいという天真と「彼」に自ら同行を願ったのだから。







 “ ――― 早く、気がつくといいね。あかねちゃん”







 …心の中でそっと語りかけると、詩紋は天真の後を追って北山の地を後にした。









【 Fin. 】





2001.11.18(SUN)UP.


< Written by Yuki Kugami. 2001. / Site 【 月晶華 】 >



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